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被害者探偵~地獄耳カウンセラーと、超悪運体質な見た目幼女の事件簿~

被害者探偵2~無邪気な超悪運体質の不運っぷり~

作者: Athla

http://ncode.syosetu.com/n9180dz/の続きとなります。

 曇り空で寒いくせに、何だか嫌に汗ばむ朝5時、黙っていた僕のスマホがけたたましく叫びだした。 顔をしかめて、通話ボタンとスピーカーをタップする。


  <もしもし、私だ。波止波はとなだ。 あん坊、今暇か?

  お願いだぞ。うちに来い。 過労で倒れるほど忙しかろうとも来てくれよな、頼むから>


  720度、どこから聞いても命令に聞こえるお願いの電話は、一方的に鳴って、勝手に終わった。


  彼女には、 昔からの恩もあるし、今は仕事の上司。 まな板の上のベーコン達に背を向けかけて、慌てて思い直し、 冷蔵庫に入れ直してから、部屋を出る。今から走れば、 電車に間に合うはずだ。


  家を出る時の戸締まりは忘れずに、早歩きで階段を降りる。アパートを出てからは全力ダッシュ。 踏切を渡ると、駅は目の前だ。改札をくぐると、僕が来るのを待ってでもいたのか、缶ビールを開けるような音とともに古ぼけた電車のドアが開く。

  窓辺のつり革を掴み、僕は初日の仕事を思い出していた。



  僕は安良安吾やすら あんご。 数週間前に就職した、心理カウンセラーだ。 特技はこれといってないけど、地獄耳。

 初出勤日、僕はとある事件に出くわした。 何故だか、その事件の被害者と一緒に犯人探しを手伝ったりしたんだけど。 それからしばらく彼女は来ることなく、もう会うことはないと思っていたけれど、なんだろう、また彼女絡みな気がする…… なんて考えていたら、 最寄り駅に着いていた。



  駅近くの白いビルが波止波はとなみ心理研究室。 僕の職場だ。研究室という割に、病室も完備している。 悩み相談から、本格的な治療も行う、心の何でも屋みたいな感じだ。


  自動ドアを通ってエレベーターで上へ上がる。 上司でもある師匠に挨拶をした。


「波止波先生、失礼します。 何ですか、お願いって…… あ、 朝御飯を食べ損ねたので、何かください」


  昔からの知り合いだから、ここまで気軽に話せている。 他人ならこうはいかない。 彼女は、 珍しくおろした髪を後ろに回して、彼女はハムサンドをつき出してきた。 受け取って食べながら、彼女の言葉を聞く。


「おはよう、あん坊。朝飯は食べなさい。ストレスが溜まるぞ?ミイラ取りがミイラに、みたく、心理カウンセラーが患者に…… なんてのは御免だ。

  で、用件だが多分君の予想通りさ。 あの子が、琴葉が被害に遭った。 今度は軽い薬らしい」


  手の中から、貴重な朝食の中身が、 滑り落ちていった。



「あ、あんにぃだー!! ほらほら、せんにぃ、かなねぇ、この人がすごい耳良い人!!」


  薬だなんて聞いて狼狽えた僕が、先生に宥められて病室に向かうと、相変わらずの愉しげな声が響いた。


  木の床とクリーム色の壁に囲まれた病室のベッドに寝かされながらも、 朝日の中で子供のようにはしゃぐのは、 華月かげつ 琴葉ことはさん、二十歳。言動と身長からはとてもそう見えないけど、確かに成人済みの二十歳。


  かなりの悪運体質で、よく被害に遭うらしい。 自分を被害に遭わせた犯人を探し出し、子供じみた無邪気なお仕置きを喰らわせる。 仕事にしていないから知っている人は少ないけれど、 知る人は彼女をこう呼ぶそうだ。 ーー 被害者探偵、 と。


  この前と違って、ベッド脇に二人のお客様がいたので、目を向けると、彼らは立ち上がった。


「初めまして。 以前お世話になったみたいで、ありがとうございました。 この天使の兄の、千夜せんやです。一応、警視庁勤めですけど、地位はそう無いので、気張らずに」


  そう挨拶をした千夜さんは、中性的な顔立ちをしていた。 髪が長いせいもあって、余計に見間違えそう。 着ているスーツに皺やシミは一つも見当たらない。 几帳面でクールそうだけれど、さっきの発言からして、この人、重度のシスコンだろう。天使とかいう人、本当に実在するんだ…… 自分の髪を楽しげに琴葉さんが引っ張ったり、指に巻き付けたりとオモチャ扱いしているけれども、叱るどころか嬉しげだし。 あ、髪が悲鳴あげた。 まぁ、初対面なので、当たり障りのない挨拶を返しておく。



  もう一人の方も、挨拶をしてくれた。


「初めまして、和泉いずみ 叶子かなこです。千夜の同期で、 琴葉ちゃんとはよく遊んでいるんですよ」


  叶子さんもスーツ姿だけど、少しあか抜けたお姉さんって感じだ。琴葉さんの頭を撫でる仕草は、とても優しいし、彼女のなつきようからして、本当の姉妹に見えてくる。四人で彼女の日常について話したり、ひとしきり盛り上がった。

 

  その後、出勤した二人を見送った僕らは、病室の机に資料を広げていた。一般でも薬局などで入手可能な薬のリストだ。

  にしても……


「こんなもの、どこからもらってきたんだい?」

「さっきね、 かなねぇから。 企画部勤務なんだって。 ほら、 学校に色々案内するおまわりさんの。 だから顔が広いんだー!! 次の企画に使うからって、大急ぎで。 あとねぇ、手先が凄い器用!! 通報してるから叱られないし!! そうそう、ねぇはね、絵も上手なんだよ!!」


  どうだー!! と幻聴が聞こえてきそうなほど、自慢気な彼女。 凄いね、と返しながらも、勝手に渡したのなら、 お姉さんがやっぱり叱られるんじゃないか、心配をした。



  そんな僕のお節介を気づく筈なく、起き上がった彼女は、状況を整理するように話を続ける。

「今回は、運が悪かっただけだから。 昨日発売の自販機限定ジュース飲んだら、ビリッて舌が痛くなって、ホワ~って頭がふわふわした。ちなみに、その自販機、普段は使わないやつだし。 私だけなら別に、良くはないけどいいけど、他の人に迷惑かけるなら、一生苦しめと思って、にぃ達に話して通報してる。

  ーーあれ、そういえば、 匂いは少し甘かった…… なんで? スパイス以外、書いてなかったのに?」


  細かく区切られ、少し早口で紡がれた、最初の方の言葉に、少しだけ、背筋が冷えた。

  彼女には憎しみが存在しない。けれど、憎しみは怒りとイコールではない。 真っ赤に震える毛布の上の拳に、そのことを痛感した。





  その頃、警察庁内では、 ペットボトルやアルミ缶が散乱している飲み会の後のように散らかりながらも無機質な灰色の部屋があった。 その中で、美女が紙の束をめくっている。しばらく後、 彼女は、額を押さえて、重い息と言葉を吐き出した。


「鑑識によると、強い睡眠作用が検出されたのは、琴葉ちゃんの飲んだ一本だけ。 本人から聞いた症状だと薬物に似てるかな。 どっちにせよ、成分分析は科捜待ち、か。 あの子も、本当に運が悪かったというか…… まぁ、私も千夜と出会ったのが幸か不幸か、分からないけど」


  安吾が居れば、あんなイケメンに会えたことが? と首を傾けただろう。 彼女の理由を説明するように、開いたドアから、彼の声が聞こえた。


「叶子!! その商品の販売元が分かった。 かなりの大手なんだが、殴り込みに行ってもいいか?いいよな、うん」


  彼女は、呆れたように ーー 実際呆れているのだが ーー 頭を振り、 相棒の肩を押さえつけて、 言い聞かせる。


「…貴方、本当に刑事よね? 止めなさい。本当、あの子が絡むと視野狭窄になるんだから」


「何年組んでるんだよ? それに、僕の可愛い美しい大天使琴葉だぞ!? 君もそう思うでしょ!?」


「落ち着いて。 あと個人の思考を勝手に押し付けないで。 迷惑。

  …… まぁ、琴葉ちゃんが可愛らしいのは認めるけど。

  あと、 それぐらい商品見れば分かるわよ。 代名詞とも言えるものね、あのエナジードリンク。 だからこそ問題なんだけど」


  成分が発見されたのは、某大手企業の期間限定商品。スパイスをふんだんに使われた、人気エナジードリンクの味違いだ。 炭酸も弱く、爽やかな風味である。 濃いものや苦いものを嫌う琴葉が飲みたがったのも頷ける、と苦笑する叶子。


  その間にも、 横の長髪を持つ男は叫び続ける。まるで、世界が滅びでもするかのように。


「じゃあ、また流されろっていうのか!? あの男と同じように、

  世界より大切な家族をも犠牲にして!? 何なんだ、この世界は!! この仕事に就けば、今度こそ傷付けずにすむと、やっと護れると思ったのに!! もう護れないってなら、僕は …… 」


  それ以上聞くのを何故か拒むように、 彼女は彼の首筋に手刀を命中させ気絶させた。

  少し安心したようにため息をもう一度つき、 このシスコン残念イケメンの介抱をしようかと席を立った彼女のポケットが、小さく震えた。片手で取り出し、画面を見て軽く目を見開いた彼女は、スマホを耳に当てる。


  「もしもし、琴葉ちゃん? どうしたの? 体調は平気?」

<平気だよー!! あのねあのね、 甘い匂いのするスパイスってある? お薬のリストには、無色か、ジュースに似た色で、甘いやつ、なかったの!! >

「そうなの? それはごめんね、私の調べ不足だわ。 甘い香りのスパイスね。協力ありがとう。 ……ちょっと検索してみるから、待っててくれる? そうだ、お礼に何かあげたいから考えといて!!」

  <んーん、ねぇはね、悪くないの!! 悪いのは、何か入れた奴だから!! 本当に!? じゃあね、ねぇが、私にあげたいもの!!>

「もう、それじゃ私が考えるでしょう!? また後で連絡するね。

  ゆっくり休むこと!! 」


  楽しげに電話を切った彼女を見計らったように、ドアが開く。

  伝令を頼まれたのであろう鑑識の人間が、言葉を放った。

  「失礼します、華月警視、 和泉広報部長!! 原因の成分が判明しました!!

  ナツメグです!! 過剰に摂取すると、幻覚作用を引き起こすんです!!」



  電話をかけた数分後、 大窓からの日差しが痛いほどになっている波止波心理研究室の廊下には、またしても無邪気な声が響いていた。


「うん、うん、そっかー!! 警察って、やっぱり凄いねぇ!!

  ーー え? 被害届 …… んと、機械のミスなんだよね? 人のせいじゃないんだよね? うん。 じゃあ、取り下げます。 その代わり厳重注意をお願いしていい? うん、分かった。 ありがとー」


 楽しげに切られた電話機を置き、少しふらつく彼女の背を支える。嬉しげに笑う小さな体が預けられた。

  2日3日は安静にしていないといけないはずなのに、琴葉さんは、 僕に優しく明るい言葉をかけてくれた。

「あんにぃもありがと!! 資料の整理手伝ってくれて。 またよろしくね?」

  その言葉に、苦笑を返しながら話すしかない僕。

「どういたしまして。 でも、僕、 ほとんど手伝ってないよ。 書類の仕分けしたぐらいだし。 それに、 ここには、来ない方が」


  だって、彼女がここに来るということは、何かの被害者になるということだから。

  いつしか先生が言っていた、琴葉さんの精神は強靭だと。 けれど、僕には脆く思える。


  なぜなら、 今、僕の目の前にいる彼女は、 青ざめた顔で、今にも倒れるんじゃないかってほどに足元をぐらつかせている。 そして、 そのくせ、 表情だけは、 何処かに辛さを置いてきたように、 小さな子供のように、 嬉しそうに笑っているのだから。



  日も暮れた時間帯。 日本某所にある家で、 一人の青年が、 一枚の写真を前に考え込んでいた。 しばらくして、口から言の葉がこぼれる。


安良やすら 安吾あんご か…… やはり、あの日に居た彼で間違いないんだろうね。 この一文を、 見る限り。


  僕の名前は、千夜一夜物語アラビアンナイトから。 妹の名前は、 言のコトノハから。 彼の名前は坂口安吾から。 おまけに相棒の名字の読みは、 泉鏡花と同じと来たもんだ。 これも、運命の悪戯か、 いや、君の運が引き寄せたのかい、琴葉? 」


  軽くため息を落とした彼は、 肩も落としたまま、 写真を置いて、踵を返す。


  裏側にさせられた写真の白い部分には、 几帳面そうな字で、こう書かれていた。


 ーー 安良家、 華月家、 子供達の写真ーー

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