no.8
******
梅雨の晴れ間。校庭の南側にある庭園には結構生徒が集まっている。
それぞれお弁当を持って。
私と沙耶も久々に外でお弁当を食べていた。
「今日はびっくりしちゃったぁ。どうしちゃったの。アリス」
沙耶がいつもにもまして嬉しそうな笑顔を振り撒いている。
ペアになりたかった沖野とペアになれたことを先に教えてあげたから、もう幸せいっぱいらしい。
ちなみにみんなの組み合わせは放課後配られる。
昼休みに川上がコピーとって、ペア表を各クラスに配るから。
「ね、アリスってば、なんで急に髪型変えたの? それにメガネも。朝、わかんなかったんだからねー」
「あっ、うん。ちょっとね」
「え~、またはぐらかすぅ。教えてよぉ~」
「特別理由なんてないんだってばぁ」
本当に宮川といい沙耶といい、ふたりには振り回されっぱなし。
「でもそのほうがいいよ。アリスってお堅いイメージで固めてたでしょ。なんだか必死で自分をガードしてるみたいで」
本当に参ってしまう。
兄妹そろって鋭いんだもんなぁ。
「ね、なんでそんな風にガードしちゃうの。アリスってこうして友達になってみるとすっごくかわいい感じなのに、まるでそう思われるのを嫌がってるみたい。みんなにもっと素直なアリス見てもらったらいいのに」
私は食べ終わったお弁当を片付けて黙っていた。
視線が泳いでしまう。
「ごめんね。余計だったかな。でも素敵なアリス隠しちゃうの、もったいないなって思って。私、アリス、大好きよ」
「や、やだなぁ」
そんなにはっきり大好きだなんて言われると照れてしまう。
「大好きなアリス、みんなに見てもらいたい」
「ありがと」
私は沙耶が好きになった。
素直にそう思えた。
まっすぐに私を見て素直な気持ちをきちんと口にする。
沙耶になら話していいかもしれないなと思えた。
「私もね、幼稚園のころまでは、結構普通だったんだよ。……っていうか、ママの趣味で結構フリフリとか着せられて、かわいい女の子してた」
「え~っ、そうなんだ」
「でもね……」
それは幼稚園年中の学芸会のときだった。
シンデレラを劇でやることになって配役も決められた。
クラスの人気者だった男の子が王子様、そして私がシンデレラになった。
私は有頂天になっていた。
口にしたことはなかったけれど、私も王子様役の男の子が好きだったのだ。
シンデレラの劇は好評だった。
けれどその後、事件は起こった。
女の子たちが私をいじめた。
ある日、バケツの水を頭から掛けられたことがあった。
そして王子様役をやった男の子を連れてくる。
「びしょびしょのシンデレラだよぉ。汚いねぇ」
囃し立てるみんなの中で王子様役の男の子は笑った。
「僕はきれいなシンデレラがいいんだ。それに頭もよくて、なんでもできる女の子じゃないと僕のシンデレラになれないよ。ママが言ってたもん。僕のお家につりあう女の子じゃなくちゃだめだって。だからこいつは汚いバカなシンデレラのままで、僕のシンデレラじゃないよ」
すぐに先生が見つけてくれて着替えさせてくれた。
けど私の心はぼろぼろだった。
「……汚いバカなシンデレラ……」
忘れようと思っても忘れられなかった言葉。
「汚いバカなシンデレラ、かぁ。それはちょっとひどいね。その頃ってはっきりものを言いすぎるとこあるけどね。それにしても……」
そう言いながら沙耶は、頭上に広がる緑に視線を上げた。
「それから私は、ママに幼稚園にはフリフリの服は絶対に着て行かないって言ったんだよね。シンデレラをやってからいじめられたってことも先生から聞いて、私の言うようにしてくれたんだ」
「ママも責任感じちゃったりして」
「かもね。それで私はバカって言われたことも結構気にしてて、人よりなんでもできるようになってやるってね。くだらないことだと思うけど、それ以来ずっとこんな感じなの。普通に戻れなくなっちゃった」
「そんなことないよ。現に髪型変えられたし、ね。少しずつ普通に……ううん、かわいいアリスに戻ろうよ」
「うん」
「きゃ~っ、アリス、大好き」
いきなり沙耶が抱き着いてきて、二人して芝生の上に倒れてしまった。
「や、やだ、沙耶ってば」
「だってだって、本当に可愛いんだもん。大好き!」
あはははっ。
きゃはははっ。
よかった。
沙耶と友達になって。
沙耶が鋭くて怖かったのは事実。
でも沙耶といたら、もっと楽な自分になれそうな気がした。