no.79
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駅まで歩いて5分。
立地条件最高。
川沿いに緑の芝生があって、広い敷地には家族連れがいたり、サッカーをしている人達がいたり、皆それぞれに楽しんでいる様子で穏やかな午後。
「寒くないか」
「うん」
川から吹き上げてくる風はちょっと冷たいね。
でも川側に回ってくれた宮川のお陰で直接風が当たることもない。
こういうとこ、本当に優しいんだよね。
「会場のセッティングもこれで決まったし、あとは当日を待つのみだよね?」
「そうだな。あとは当日うまく行けばOK!」
「楽しみだね。ダンスパーティーなんて始めてだもん」
「ああ」
「明日はママがお洋服見に行こうって言ってたよ。先輩、大丈夫?」
頷いて目を細める。
どうしたんだろう。
ちょっと疲れた?
「少し休んでいいか?」
「うん」
やっぱり疲れてるみたい。
川の芝生に降りた。
降りてしまったほうがかえって風が当たらないような気がする。
ベンチに二人で座る。
「寒くないか」
「さっきも聞いたよ、同じこと。大丈夫。先輩にくっついてるからあったかい」
それからしばらく二人黙っていた。
何を考えているのかな。
私が立ち入れない先輩の世界。
私から聞くこともできないんだよ。
先輩が話してくれなければ、私は触れることすらできないんだよ。
なにを見てるの?
川じゃない。
芝生でもない。
そこにいる人達でもないよね。
遠くて私の知らないものを見てる。
先輩がそうやって私の知らない何かを考えているとき、とても不安になる。
寂しくなる。
こんなに側にいても私、一人でいるみたいにものすごく寂しくなる。
「……俺さ、親父を憎んでたんだよな。ずっと、今も……」
「えっ?!」
宮川は私の頭を抱き寄せた。
「ずっと憎むことしかできなかった。お袋は最初からこういう人じゃなかった。親父を変えたのは会社だって。だから憎むなら会社を憎めっていつも言ってたよ。でも会社なんて漠然としてもの憎めるわけなくて……。お袋と俺を捨てたあいつを憎むしかなかったんだ」
先輩……。
「もともと親父の会社って普通のホテルとかばかりだったんだそうだよ。でも会社を大きくしたいからラブホテルにも手を出して、今じゃそっちのほうがいい金になってるんじゃないかな」
沙耶に聞いたことがある。
ホテルの経営をする会社だって。
でも沙耶もあまりパパのことは話したがらないもんね。
詳しくは知らない。
「ラブホテルなんかに手を出したから、女遊びまで覚えて、お袋はぼろぼろになった。その頃のこと、小さかったけど覚えてるんだ。いつも泣いてて……。いくら泣かないでって俺が言ったって、子供だった俺にはなんの力もなかった。それでお袋が俺と沙耶を連れて家を出たんだ。でもすぐに沙耶を連れていきやがった。俺はお袋似だし、いつも泣いてるお袋の味方だったもんだから、かわいくなかったんだろうな」
なんだか胸が苦しくなってきちゃったよ。
「お袋は体壊すまで働いて、俺もまぁそんなお袋助けるために家のことも小さい頃からやった。俺がお袋守ってやるんだってね。だけどさ、子供だったんだよな。突然倒れて入院しちまって、長引きそうだって言われた。誰か頼れる人はいないのかって医者から言われたよ。でもいなかったんだ」
私の頭を抱いていた腕に力が入った。
先輩、辛そう。
「先輩、なんでそんな話するの。私、先輩が辛いなら、そんな話しなくていいよ。私、聞かないでいいよ」
「そうじゃない。アリスに話したいんだ……。ゆっくり治すためにもどこか身を寄せるとこはないのかって医者や看護婦から何度も言われて。随分考えたよ。だけど親父一人だったんだ。どんなに憎んだって憎み足りないくらいの……。それでも俺はあいつに頭下げた。お袋が治るまで置いてくれって。でもあいつは耳も貸さなかった。お袋の顔も忘れたし、俺のことなんて知らないってね」
沙耶が話してくれた。
あの時もすごく悲しくなったけど、もっと今は悲しい。
「それでもお袋を安心させたくて親父のところに置いてもらえることになったって嘘をついたんだ。嘘でもなんでもとにかくお袋を安心させたかった。でもさ、お袋死んじまったんだよな。お袋が働いてた職場の人達が来て、葬式をしてくれた。お袋が入院してたときに言ったんだそうだ。俺がひとりで家にいて、これ以上負担を掛けたくない。だからもしそうなったら葬式だけでもやってもらえないかって。お袋、知ってたんだ。俺が親父のところになんか行ってないってこと。知ってて知らない振りして」
私は宮川に抱きついた。
私には先輩の過去の辛い思いを消せない。
でも抱きしめることで少しでもその辛さが私に流れてくるなら先輩の辛さは減るかな、だめかな。
私なんかじゃ……。
「わりぃ、こんな話して」




