no.72
まだなんだか涙が出る。
溢れてこぼれそうになるのを我慢しようとしたけど、ぽとりと沙耶の手に落ちた。
「アリス……」
「沙耶ちゃん、ちょっとどいて!」
川上の声がして、沙耶が慌てて消えた。
「アリス!!」
強い口調で呼ばれて私は前に立つ、川上の顔を見上げた。
パシ~ンッ!
途端に思いっきり頬をひっぱたかれた。
「先輩!!」
「川上!!」
「もう我慢できない。沙耶ちゃんから聞いたわ。キスされただけじゃない。たかがキスじゃない。そんなことでいつまでもぐぢぐぢしてんじゃないわよ!!」
「先輩! たかがキスっていうけど、アリスにとってはそれってレイプと同じくらいショックなんですよ!」
「ふざけたこと言わないで、たかがキスとレイプが同じなわけないでしょ!」
「でもアリスにとっては……」
「いい加減にして! たかがキスよ! レイプされたらこのくらい落ちこんだっていいわよ。でもね、たかがキスなの!!」
「川上さん、ちょっと訳わからないこと言わないで」
「ダメだよ。彼女、キレちゃってる……」
「そっち煩いわよ! いい、あんたがたかがキスされたって落ち込んでる間に宮川君はあいつ殴ってっ」
「先輩。それは言っちゃ……」
沙耶が川上の腕を掴んだけれど、振り払われた。
「いいのよ、ちゃんと言ってやらないとわからないんだから。いい。宮川君はあいつ殴って謹慎処分受けたのよ。今だって学校に来てないわ。宮川君、あなたがこんなことされたって知られたくなくて言わないから、ただの喧嘩ってことにされて。あなたがくだらないことでぐちぐちしてる間に宮川君がどれほど苦しんでるかわかってんの!!」
そんなこと……知らなかった。
殴ったなんて……謹慎処分なんて……。
また涙が溢れてきた。
「泣いてばっかりいるんじゃないわよ。アリスはいつも宮川君の横にいて、いっつも甘えてなくちゃ、それでなくちゃアリスじゃないんだから。いつも……いつも宮川君に甘えてたんじゃないの! なのにどうして甘えないのよ! どうして会いもしないのよ!!」
「川上、そろそろ止めよう。アリス、かわいそうだよ」
「大里君は黙ってて……。宮川君がどんなに辛いかわかる? いつも自分で守ってきたあなたが泣いてるのに優しい言葉も掛けてあげられないのよ。抱きしめてもあげられないのよ。ひとりで苦しんでると思わないで!! あなた以上に宮川君が苦しんでるってわかりなさいよ!!」
目の前をきらりと小さな光が落ちた。
見上げると涙をぽろぽろ流している川上の顔があった。
「辛いのよ、宮川君のほうも。わかってあげて。たかがキスなのよ、たかが……」
そう言ってなんと川上は私にキスをした。
「川上さん!!」
「ほら、たかがキスでしょ。この程度のことなのよ。バカね、アリスは。いつまでも心が子供のままじゃ、大人にはなれないんだから。わかった? わかったわね!!」
川上先輩……。
「返事しなさいよ。それともレイプがどんなものか知らないとわからないの!!」
「ちょ、ちょっと待った。大里、川上をとめろ」
「川上、もう帰ろう。こらっ、ちょっと頭冷やさないとダメだよ」
大里と高田が両脇を抱えて川上を連れて行く。
「離してよ、アリスがわかるまで私、帰らないんだから……」
ドアの向こうに消えていく声。
「アリス、川上さんを許して。とっても心配してたのよ。それと川上さんが言ったこと、私も同感だからね。キスなんて減らないわ。あんたのもっと大切なもの、ちゃんと守れたでしょ。それを宮川君にあげればいいわ。ちゃんと宮川君の為に守れたもの、あるはずでしょ。早くかわいく宮川君の隣で笑って、学校に来なさいよね」
そう言って山内が出ていった。
「僕らも今日は帰ろう、沙耶」
「うん。アリス、また来るね」




