no.71
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「頭の傷はたいしたことなかった。精神的ショックで倒れただけだ」
パパの声がした。
「よかった。アリスったら本当に心配ばかり。でもパパ、頭の怪我は大丈夫でも体は……。そういう検査はできないの? もし、もしもアリスが……」
「ママ!」
「だって女の子なのよ。こんな怪我して、制服だって泥だらけだったの。もしも……」
「アリス、多分大丈夫だと思います。キスだけだって言ってました。それ以上のことはされてないって。怖がってたけど、でも嘘じゃないと思います」
沙耶の強い声が聞こえた。
「キス……だけ……。じゃ、体は大丈夫なのね。本当ね、嘘はダメよ、沙耶ちゃん」
「嘘なんてつきません。こんなこと嘘ついて後でとり返しがつかなくなったら大変なことになるってわかってます。お兄ちゃん、アリスを信じてあげて。嘘じゃないと思う!! だからアリスを支えて……あげて……」
強い口調だったのに、沙耶、泣いてるの?
どうして泣いてるの……。
ガタッ!
「どこへ行くつもりだ、宮川君」
「……許せない……じっとここにいることなんて、できませんよ……」
「相手を殺しそうな勢いだけどね、今君がしなくちゃいけないことはここにいてアリスを守ってやることじゃないのか。それは君にしかできないことなんじゃないか? 相手をやっつけにいくことじゃないだろ!」
「離してください。俺は、俺は……アリスを傷つける奴なんてぶっ殺してやる!!」
「宮川君!!」
「お願いです。とめて。お兄ちゃんを止めて!!」
走り去っていく足音が……。
「……お兄ちゃんがもとの怖いお兄ちゃんに戻っちゃう……本当に悪いこと……」
「大丈夫よ。パパに任せましょ。それにその池上君って子の家、知らないんじゃないの? 学年もクラスも違うのよ」
「お兄ちゃん、知ってます。クラスの男子に聞いてた……。ずっとアリスに付きまとってたから、お兄ちゃん、気にしてたし……」
「……でもパパがついて行ったから、大丈夫よ、きっと」
二人の声が途切れた。
皆、悲しんでる。
私、どうしたらいいの。
ここ、暗いよ。
なんだか寒いよ。
あったかい場所に帰りたいよ。
私の一番あったかい場所に帰りたいよ……。
せんぱい……。
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入院して翌日には家に帰された。
額の傷は大したことはなかった。
宮川の顔はなかった。
みんなも宮川のことは一言も言わなかった。
もちろん池上のことにも触れない。
まるで壊れ物のように私を扱っていた。
寝たり、起きたりで何日過ぎたんだろう。
額の傷ももうガーゼを当てなくて済むようになった。
「アリスちゃんは偉いわね。傷の手当てでも泣かなくなったもの。ね」
ママはそう言って部屋を出ていった。
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あったかいね。
ここはどこかな……。
あれ、先輩だ。
「せんぱ~い」
宮川が振りかえって手をこちらに伸ばしてくれた。
「せんぱ~い」
パァ~ンッ!!
音を立てて宮川の姿がはじけてしまった。
「先輩……先輩……いやだよ、どこ行っちゃったの、先輩!!」
いきなり目の前がバラ一面に……それが天蓋の絵だと気付くまでしばらくかかった。
「夢、だったんだ……」
涙が流れていたのがわかる。
コンコン。
「アリスちゃん、生徒会の皆さんと沙耶ちゃん達がお見舞いに来てくれたわよ」
生徒会の皆、と言われてドキンとしたけれど、その中に宮川が入っていないのはわかっていた。
ずっと宮川は私の前にいない。
私はガウンを羽織ってベッドに座った。
川上と大里、続いて山内と高田が入ってきて、花をママに渡してから沙耶と沖野が入ってきた。
「具合はどう?」
山内が聞いた。
「……はい……」
いいとも悪いともつかない返事をして俯いた。
皆は私がどうして休んでいるのか知っているのだろうか。
「ねぇ、元気出して早く学校おいでよ。皆、心配してるんだよ、アリスのこと。それにもう少しでクリスマスダンパの企画も本格的に始めなくちゃ」
そうか。
私何日休んでるんだろう。
もうクリスマスダンパも近づいたんだ。
「いつもニコニコのアリスはどこにいっちゃったんですかぁ」
高田が言った。
うん。
どこにいっちゃったのかな……。
「アリス、みんな心配してくれたんだよ。ねっ、早く元気になろうよ」
沙耶が私の前に屈んで顔を覗き込んだ。




