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ありす☆らぶ  作者: 湖森姫綺
70/156

no.70

 ******



 ふっと視線を上げると窓の外がオレンジ色に染まっていた。

 綺麗な夕焼けなんだろうな……。


 うっ……うっ……。

 涙が一気に溢れてきた。


 池上にキスされた。

 目に入った制服の袖も泥だらけだった。

 水道の近くで地面が濡れていたのが思い出される。


 汚い……汚い……私、汚い……。


 くちびるをごしごし手の甲でやりながら涙が制服のスカートにどんどん落ちる。


「アリス。おい、アリス! 帰ってるのか、アリス」

「ほら、鍵かかってるでしょ。中にいるのは確かなのよ、宮川君。でもいくら呼んでも返事がなくて」

「アリス、いるんだろ、鍵開けてくれ」


 いや、いやだよ。

 開けられない。

 先輩に会いたくない。

 私、汚れてるのにこんなんで会いたくない。


「どうしたんだ。アリス。なんで今日来なかったんだよ。探したんだぞ、アリス」

「アリスちゃん、お願い、ここ開けてちょうだい」

「アリス、頼む。開けてくれ」


 だめなんだよ、先輩。

 開けられない。

 開けられない……。


「池上になにかされたのか……」

 いやっ、その名前、聞きたくない。


「アリス……なぁ、アリス。池上の奴、なにかしたのか……」

「いやぁ~~~~!!」

 その名前聞きたくないよ、いやだよ。


「アリスっ!! っきしょー!!」

「宮川君、一体どういうことなの、ね、アリスちゃんに何があったの」


「俺、部屋行ってますから、お母さんだけで話してもらえませんか。もしかしたら俺じゃもうだめなのかもしれない……」

「宮川君!!」

 隣でドアが勢いよく締る音がして、ビクッとした。


「アリスちゃん、お願い、鍵をあけてちょうだい。ママだけよ、ねぇ、アリスちゃん」


 しばらくママの声が聞こえた。

 でも体動かないんだよ。

 震えて頭痛くて、動けないんだよぉ。


 静かになって、ベッドに寄りかかって座ったまま、視線は宙を泳いでいた。

 涙は頬を流れ落ち、いくつもいくつも流れ落ち、途切れない。


「……アリス……私よ、沙耶……」

 小さな声がドアの向こうから聞こえた。


「俺はあいつを守れなかったのかもしれないんだ。今は俺じゃ何もしてやれないのかもしれない……。頼む、沙耶。アリスを助けてくれ、たの、む……」


 ドアの向こう側から聞こえてくる、搾り出すような低い宮川の声が胸に突き刺さる。


 私は先輩を苦しめてる。

 こんな私を好きだって大切にしてくれた先輩を。


 自分の浅はかな行動で壊しちゃったんだ。

 すべてをなくしちゃったんだ。


「お兄ちゃんはあっち行ってて。もしそうならアリス、今お兄ちゃんに会えないよ。私、ちゃんと話すから。アリスとちゃんと話すから」


 静かな間があって、ドアをノックする音がした。


 「アリス、沙耶だよ。開けて。沙耶だけだから。一人でいちゃだめだよ。私、一緒にいてあげるから」


 沙耶……沙耶……。

 錘をつけたような重い体を動かした。

 私は鍵を開けるとすぐにドアから離れてベッドに座った。


「鍵、しめて……沙耶……」

「う、うん」


 鍵がかかる音……。


「うっ、うっ……」

「アリス」

 沙耶が抱き着いてきた。


「どうしたの。額から血が出てるよ。制服も……ねぇ、アリス、まさか池上君に何かされたんじゃないよね?」

「うぇ、うわ~~~~ぁ~~ん」


「アリス、ねぇ、アリス落ち着いて、よく聞いて。池上君なの?」

 沙耶の肩に置いた頭をコクンコクンとした。


「なにされたの? あいつ、アリスに何、したの……」

 涙の向こうの沙耶が泣いているのがわかった。


 ごめんね、沙耶。

 沙耶まで泣かせてる。


「ね、ちゃんと話して。黙ってたらいけないんだよ。ちゃんと話して。もし誰にも聞かれたくなければ誰にも話さないよ。だけど私にはちゃんと話して。アリス」


「……キスされて……うっ……」

「アリス……」


「逃げようとしたんだよ。でもいきなり抱きつかれて、全然離れないんだよ。離れないんだよぉ~っ」

「うん、うん」

 沙耶は私の髪をなでた。


「ね、アリス、聞きにくいけど聞かなくちゃ。キスされて他には? 他には何かされたの?」

 私は思いっきり頭を振った。


「キスされただけ? 他に何かされてない?」

「……うん……」


「逃げようとして……倒れて……それで……」

「何かされたの?」


 また思いっきり頭を振った。

 くらくらする。


「キスだけなんだね、キスだけ……」

「……うん……」

 と答えながら体がくらっとなってそのまま意識は遠のいていった。


 沙耶の叫び声が遠くで聞こえていた。

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