no.7
「すみません。ママ、強引で」
「いや、いいんだけど。悪かったな」
「いいえ」
「おいっ!」
ビクンッ!
その、大声いきなり出すのやめて欲しい。
心臓に悪い。
「な、なんですか?」
「返事はハイはうん。イイエはううんだ。俺の前ではそうしろ」
ふぇ~ん。
だからなんでよぉ~。
沙耶、助けてぇ。
こんなのはじめてだ。
こんなうろたえなくちゃならない相手なんて、はじめてだぁ。
「わかったか?」
「はいっ」
に、睨まれた……。
「おまえ、ほんとはバカだな。今言ったこと忘れてる。返事はうん!!」
「う、うん」
「よし」
なんなんだぁ~!
さっき優しいって思ったのは訂正、訂正!!
「続き行くぞ!」
「う、うん」
ぎこちない返事で続きが始まった。
私が改めてペアになっていない女子の名前と、書きこまれた名前を読み上げる。
この子達、みんな片思いなんだ。
なんだかやっぱり切ない。
片思いの子たちの組み合わせが出来上がった頃、ママが夕食ができたと嬉しそうに言いに来た。
三人での食事。
なんだか緊張する。
宮川は結構おしゃべりだ。
ママはもちろんいろんなことを聞いてくる。
それに結構面白く答える宮川。
ふたりは和気藹々と食事をしている。
私はなんだか疎外感。
でもいつもあまり話さないし、同じかな。
「ところでアリスちゃん、髪どうしたの?」
「あっ、これ、俺がこのほうがいいって言ったんですよ」
「やだぁ、いつも私が言ったって聞かないのに。もしかしてメガネも?」
「はい。メガネは必要なときだけ掛ければいいですよね」
「そうそう。普段から掛けるほど悪くないんだから」
「でも宮川君はすごいわね。この強情なアリスちゃんを簡単に動かすんだから」
「えっ、そうなんですか?」
あはははっ。
勝手に盛り上がっててよ。
私は席を立った。
「あら、アリスちゃん、もういいの?」
「ごちそうさま。私、先に続きやってますね、先輩」
「あっ、じゃ俺も」
「あら、おかわりはもういいの?」
「もう腹いっぱいですよ。お母さんの料理、うまいから遠慮なくいただいちゃって。ごちそうさまでした」
「まぁまぁ、嬉しいわ。じゃ、続きがんばってね」
私は部屋に入って、とりあえず散乱しているアンケート用紙をまとめて封筒に入れた。
「あ~、うまかった。くるしっ」
「お世辞なんて言わなくて、いいんですよ」
「お世辞じゃねーよ。俺、いつもコンビニ弁当ですませてっから、こういうの久々なんだ」
……そうだった。
宮川は一人暮しなんだ。
「いいな、おまえ。毎日こういう飯食えてよ。もっと大事にしろよ」
「うん……」
「やけに素直だな」
ドキンッ。
「そ、そんなこと……」
ないと言えない。
思わず頷いちゃったもんな。
視線を泳がせてごまかした。
残りの仕事が終わったのは10時近かった。
「やっほーっ、やっと終わったぞ。お疲れさん!」
宮川はバタリと後ろに寝転がって伸びをした。
私はできあがったペアを書いた用紙をまとめる。
「悪かったな。勝手に俺とおまえは出場しないって決めちまってよ。おまえ、ペア組みたい奴いたんじゃねーのか」
えっ?
私は持った名簿を落としてしまった。
宮川のほうにひらりと一枚。
それをこちらに差し出しながら、まっすぐ見つめる宮川。
「わ、わた、し……」
「いたのか?」
思いっきり首を振った。
「そっか。よかった。それじゃっと」
そう言いながら起きあがって、ペア表の最後に自分の名前と私の名前を書きこんだ。
「俺とおまえがペアってことで。競技参加はしないけどな」
そんなこと書かないでって思うのに、ほんわかするのはなんでだろう。
「じゃ、これは明日おまえ持ってきてくれるか?」
「はい……じゃなくて、……うん」
睨まれて言いなおす。
なんだかヘンだけど、自分でやっていて、おかしさがこみ上げた。
「そんじゃ、これは俺が処分しとくからさ」
アンケートの入った封筒を持って宮川は立ちあがった。
「おっ、おわっ!」
持った封筒からバサバサッと中身が床に零れ落ちた。
「おっとー、逆さまだったか。わりぃ」
二人で散乱したアンケートを集めた。
近づいた宮川の顔にドキッとした私は、固まってしまった。
「アリス、明日からその髪で来いよな。メガネも授業だけにしろ。いいな」
まっすぐ見つめられて、固まったまま動けない。
「返事は?」
「は、……う、うん」
「おまえっておもしろい奴。早くなれろよ、返事の仕方」
宮川は散々ママにまた来るようにと言われて、帰っていった。
部屋に戻った私は脱力。
こんな疲れた日は今までにない。
宮川にかかわるようになって、完全に振り回される毎日。
ベッドに倒れこんでテーブルの上のペア表が目に入った。
一番下に書きこまれた二人の名前。
なんでこんなことするの?
私に気を遣うことないのに。
私がこういうことに興味を持たないって知ってるはずなのに。
コンコン。
「ママよ、入るわね」
「なに?」
「ねぇ、宮川君、本当にいい子ね。ちょっと来て、こっちに座って」
ママは鏡台の椅子を引っ張り出すと言った。
だるい体を持ち上げて椅子に座る。
「せっかく宮川君が言ってくれたんだからね。かわいくならなくちゃ。あなたの髪、ウェーブがあるから、このままじゃ邪魔になるでしょ。両サイドだけ結びましょ。随分、伸びたわねぇ。もう少しで腰、かなぁ」
ママは私の髪をときながら幸せそうだった。
「明日の朝、またやってあげるわ。お風呂入っちゃいなさい」
「うん」
「まぁ!」
驚いたママに私のほうが驚いて顔を上げた。
「なに?」
「なんでもないのよ」
やさしい笑顔で鏡の中の私を見つめるママ。
ヘンなの。