no.6
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すべて名簿に書きこむだけで2時間近くかかった。
もう外は暗くなっていた。
「やっと終わったな。けっこーきつい。手が痛くなった」
「一休みしますか?」
「そうだな」
「お茶、入れてきますね」
バタッと後ろに寝転がった宮川を見て、私は慌てて部屋を出た。
息苦しい。
ふたりきりの部屋なんて。
キッチンにお茶をとりに行くと、ママが待っていたように口を開く。
「ね、アリスちゃん。ね、ね?」
「私はなりたくなかったの。でもなっちゃったんだから仕方ないでしょ」
「そのことはもういいのよ。宮川くんって、かっこいいわね。何年生なの?」
「2年」
「そうなの。しっかりしてそうだし……」
「ママには関係ないんだから、ほっといて」
「そんな冷たいこと言わなくてもいいでしょ。私はただあなたがあんまり女の子らしくないから心配してるんだから」
「余計なお世話!」
私はさっさとお茶を持って二階に上がった。
ドアの前で立ち止まる。
急にピリピリと切れた指先が痛くなった。
それに息苦しい。
早く終わらせて一人になりたい。
自分の部屋に入るのになんでこんなに勇気がいるのか、わからなかった。
「はい。お茶、どうぞ」
「ああ、ありがと。この部屋、お母さんの趣味か?」
「はい」
「でもいいんじゃねーの、こういうの。女なんだから。おまえもせっかく髪長いんだし、そんな縛ってないでリボンでもつけりゃいいのに」
宮川は起きあがって、お茶を飲んだ。
そして私を見つめる。
えっ、なに?
いきなり立ちあがった宮川に私はうろたえた。
そんな私にお構いなしに、宮川は私の三つ編みを引っ張った。
いやっ……!
「こんないかにも勉強だけってかっこしないでさ。勉強できたってかわいくなれんだろ」
「や、やめて、ください……」
男の人に髪を触られるのは苦手。
「だまってろ!」
やだやだっ! 自分がヘンになってるのわかっちゃう。
そんな自分を人に見られるのもイヤ!
でも抵抗できなかった。
怖くて動けなかった。
パサッ。
「ほら、これで全然違うだろ。おまえ、このほうがいい。それとメガネ。これだって大して意味ねーんだろ。メガネは掛け始めると視力余計に落ちるぞ」
きゃっ!
いきなりメガネをとられて、私は自分の顔を両手で覆った。
これ以上、見られたくない。
「顔、あげろよ。パーフェクトなら女としてもパーフェクトになればいいじゃないか」
えっ?
「沙耶なんて小さい頃からリボンはこれじゃなくちゃ嫌だのなんだの、うるさかったんだからな」
「それは沙耶がかわいいから……」
「おまえも充分かわいいよ。わざとかわいくない振りなんてすんな」
見透かされてる!
私がかわいいとか思われたくないってこと……。
「どうしてそんなに自分を隠したいのかわかんねーけど、俺、そういうのイラつくんだ。女は素直なのが一番かわいいんだぜ。さて、続きやっか。組み合わせすっぞ。おまえのほう、読み上げろ。おれがうまくいってるやつ、書き出してくから」
私はテーブルの上に置かれたメガネに手を伸ばした。
けれど一瞬早く宮川にそれを取られてしまった。
「返してください」
「これ、なくても見えるんだろ。俺の前でかけるな」
ひどいよ、こんなの。
なんでこんなふうにいじめるんだ。
確かにメガネがなくたって見えるよ。
メガネ掛けるか掛けないかのぎりぎりラインだし。
でも掛けてたほうが落ち着くんだよ。
「さっさと読み上げろよ!」
「は、はい」
怖かった。
人にこんな風に大声で怒鳴られることもなかったし。
私はクラス順に名前とそれに書きこんだ名前を順番に読み上げていく。
宮川は呼ばれた名前を探して、そこに書かれた名前と合わせていく。
「おっ、こいつらペアだな」
「あ~、こいつらダブってら。まいったな」
なんてひとりでブツブツいいながら、うまくペアになった組は別の用紙に書き込んで、うまく行かなかったところは後回し。
「よしっ、半分近くはうまくカップルになったな。残りは……」
書き出された用紙に沙耶の名前はなかった。
沙耶、あんなかわいい顔をして書いてたのに。
なんだか切なくなった。
「どした?」
「かわいそう……」
私は思わず口に出た言葉に驚いて口を塞いだ。
でも出てしまった言葉はもう消せない。
「そうだな……」
ふっと宮川の視線が手元の名簿に落ちる。
長い睫。
前髪がさらっとそれを隠した。
男の人の髪って硬いイメージがあったけど、宮川の髪はとてもさらさらしていて柔らかそうに見えた。
「残り、できるだけ女の希望に合わせてやろうぜ。結構勇気いるんだろ、こういうの書くの」
「う、うん」
優しい言葉になんだかふんわり包まれたような気分になった。
次の宮川の言葉を待っていたけれど、なぜか何も言わない。
どうしたのかなと顔を上げると宮川がじっとこちらを見つめていた。
「あ、あの、なんですか?」
「いや、今のおまえの表情いいんじゃないかって思ってさ。返事は、はい、じゃなくて、うん、にしろ!」
なんのこと?
ヘンな宮川。
でもなんだろう。
命令されて嫌だって思うのになんだかイライラしない。
コンコン。
「アリスちゃん、入るわよ」
ママがドアを開けた。
「まだお仕事終わらないの?」
「すみません。こんな遅くまでお邪魔して。もうちょっとかかりそうなんです」
宮川が答えた。
「あっ、うちは別にいいのよ。気にしないで。でもそろそろお夕食にしようかと思って。よかったら宮川くんも一緒にと思って。でもお家の方が待っていると悪いかしらね」
「いえ、俺、一人暮しなんで」
「まぁ、そうだったの。それじゃ、お夕食食べていってね」
「でも、ご迷惑ですから」
「いいーのいいーの。パパは帰りが遅くて、いつもムスッとしたアリスちゃんと二人きりなのよ。つまらないの。ね、ぜひ。私、お買い物行って来るわね」
「あっ、ママ、ちょっと待って」
と言っている間に出ていってしまった。