no.59
「お兄ちゃんにとって、本当の自分になったアリスって宝物なんだと思うよ。しかも自分の手で本当のアリスにしちゃったんだもん。なにより大切なんだよ。だからアリスを傷つけたくないし、すべてのものから守ってやりたいって思ってる。そしてアリスがいつか本当にお兄ちゃんを受け入れられる時まで待とうって思ってるはずだよ」
「でも、それでいいの? 私、自分がわからない。いつこの怖いって気持ちが消えるのかも……」
「誰も怖いよ。でもアリスの場合は怖いって感情もずっと押し殺してきた分、強いんだよね。そんなアリスに無理なことを言ったら傷つくのはアリスでしょ。お兄ちゃん、自分の宝物、自分で壊すほどバカじゃないよ」
「そうなのかな……。私、このままでいいのかな……」
「うん。今はね。いつかきっとその時が来る。それまでアリスたちはしっかり心を繋いでいけばいい。大丈夫だから」
不安が一杯だった。
周りから私がそういう気持ちになれるまでは焦らなくていいんだって言われていても、それ以上に宮川が男なんだってことを考えさせられる。
それなのに私はこのまま甘えていていいのかなって。
「来るかな、そういう時……。ちゃんと来てくれるかな……」
「大丈夫。アリス変われたでしょ。お兄ちゃんが変えてくれた。きっとその時が来るようにまた変わっていくんだよ。お兄ちゃんが一緒なんだから、ね。信じてあげて」
「うん、うん……」
涙が出て、とまらなくなった。
沙耶がものすごく大人に思えた。
優しく包んでくれる言葉、ひとつひとつが暖かくて心にあった冷たいものが溶けていくようで、体ごとあったかくなった。
「ありがとう、沙耶。沖野君とずっと幸せでいてね。お願いだから」
「もちろんよ!」
ピースを作ってにっこりした沙耶。
瞳がちょっと涙で潤んでいた。
******
「先輩。コーヒー持っていくから部屋に行っててくれる?」
「あっ、ああ」
コーヒーメーカーのスイッチを入れた。
コポコポッと小気味いい音がする。
食べ終わった食器の片づけの手伝いをする。
「今日は部屋で飲むの?」
「うん。ちょっとゆっくり話ししようかなって」
「そうね。このところ、二人でゆっくりしてないみたいだし。でもあまり遅くまではダメよ」
「わかってる。先輩、疲れてるから寝なくちゃね」
「なんだかアリス、今日は幸せそうな顔してるわね。いいことでもあったの?」
「うん。ちょっとね。沙耶と沖野君もうまくいってるし、みんなが幸せだと私も嬉しい、かな」
「そうね。みんな笑っていられるのが一番いいわね。そうそう、今度沙耶ちゃんと沖野君、連れていらっしゃいよ」
「うん。そうする」
「ほら、もうコーヒーできたみたいよ。こっちはいいから宮川君に持っていってあげなさい」
コーヒーのいい香り。
マグカップをお盆に乗せると宮川の部屋に行った。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
「疲れたでしょ。大丈夫?」
「ああ」
「少しここにいてもいい?」
「もちろん」
えへへっ、よかった。
宮川の横に座ってマグカップから立ち上る湯気をフーフーッ。
側にいられるだけで幸せなんだよね。
安心できるんだよね。
信じられるよ、沙耶。
「な~んだか今日はやけにニヤニヤしてんな、おまえ」
「えっ、そうかなぁ」
「い~ことあったのか?」
「うん。沙耶とね、沖野君。うまくいってるみたいなの。幸せそうだったよ、沙耶」
「そっか、毎日部活なんだろ」
「うん。汗かいて、汗拭いてあげて。な~んかすっごくいい感じだった」
「アリスもやってみたい?」
「ううん、私は違うもん。こうして先輩と一緒にいられるだけでいい。すべてが信じられるっていいね」
「なんだよ、それ」
「えへへっ、なんでもな~い」
「ヘンな奴」
なんだか、もっともっと話したいことがあったような気がするんだけど、一緒にいるだけで幸せ一杯一杯でなにも他にいらないような気がする。
「アリス……」
宮川は私の持っているマグカップを取るとテーブルに置いた。
「先輩、無理してない? 体、大丈夫? 明日もバイトだよね。もう寝たほうがいいかな……」
「もう黙って……アリス」
耳元で囁かれた。
宮川が目を半分閉じて名前を呼ぶ時って、ものすごくドキドキしちゃうんだ。
「ずっと我慢してたんだ。その分キスしてもいいか?」
や、やだ。
そんなこと聞かれても返事できない……。
「いい?」
私は頷いた。




