no.27
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コンコン。
「アリス、手を出しなさい」
救急箱を持ってパパが入ってきた。
「おまえ、手を怪我していただろう。見せてみなさい」
そういえばタオルを濡らしたりしてて、すっかり忘れてた。
「濡れてるじゃないか」
パパはテキパキと包帯を外す。
不思議と痛くない。
「痛くないか?」
頷いた。
だって先輩に言ったんだもん。
もう平気だって。
痛くないって。
だからもう痛くない。
「これ、彼がやってくれたのか」
「うん。今日帰ってきて夕方また消毒してくれて……」
「たいしたもんだな。自分だって苦しかったろうに」
……。
「よし、これでいい。もう濡らさないようにしなさい。タオル絞るのつらいか?」
「大丈夫。濡れないようにそっと絞るから」
「じゃ、しっかり看病してくれよ」
「うん」
パパは部屋を出ていった。
ドアの外でママとパパの声がする。
「大丈夫なの、アリス」
「看病させてやるのが一番だろ。そうすることで少しでも気持ちが楽になる。それにしても彼はたいしたもんだな。感服したよ」
「でしょ。私が一発OK出したのわかるでしょ」
「ママ」
「あっ、ごめんなさい」
「そっとしといてやろう」
二人の声が遠ざかっていった。
また宮川の激しい息遣いだけがこだましているだけだった。
少し経つとすぐ汗がにじむ。
タオルを絞っては拭いて……。
何度も繰り返された。
いつのまにか外が明るくなっていた。
「先輩、朝だよ。ね、早く目、覚ましてよ」
頭が重い。
もう涙も出なかった。
先輩が元気になるまで離れないからね。
私、絶対離れないからね。
くらっとした。
コンコン。
ドアをノックする音で一瞬遠のきそうになった意識が戻った。
「アリス、大丈夫。そろそろママが交代してあげるから少し休んだら」
私は思いっきり首を振った。
ここにいたい。
「そう、無理しないでね」
そっとドアが閉じた。
ごめんなさい。
ママやパパだって疲れてるのに。
新聞配達のバイクが走っていく音。
小鳥の鳴き声。
そんなものも聞こえたりするんだなぁ。
こんな時間に起きてることなんてないもんね。
気付かなかった。
私はボーッとする頭を振って、タオルをまた濡らすとゆっくり指の包帯を濡らさないように絞った。
汗、なかなか引かないね。
私は一杯泣いたけど、先輩は泣かないから、汗が涙かな……。
額の汗をぬぐって、首もそっと拭く。
う~ん、後ろのほうももうちょっとちゃんと拭けるといいんだけどなぁ。
うまくいかない。
「ぅう~っ」
「あっ、ごめんなさい、先輩」
苦しかったのかな。
慌ててタオルを掴んだ手を引っ込めた。
とっても苦しそうに眉をよせたかと思うと、ふーっと力が抜けたような表情になり、静かに静かに瞼が開いた。
「せ、先輩!!」
なにも返事がないまま、瞼は閉じた。
なんだか一瞬も目が離せない。
また眠っちゃったのかな……。
「先輩……」
小声で呼びかけてみた。
「アリス……」
へっ、返事した!!
私はタオルを落として、宮川の顔を目の前で見つめていた。
瞼がピクピクッとしてまた静かに開いた。
「せん、ぱい……」
じっと私の顔を見つめる。
「だい、じょう、ぶ……?」
溢れ出した涙が宮川の頬に落ちた。
あっ、ごめんなさい。
慌てて指で拭いて……。
「アリス、なんで、泣いてる? まだ痛い、のか?」
私は思いっきり首を振った。
「痛くないよ、どこも痛くない。痛いのは先輩のほうで……」
「なに、言ってるか、わから、ないな……」
けだるそうに前髪を掻きあげた。
「……泣くな。もう泣くな。抱きしめてやるから、泣くな」
髪を掻きあげた手を私の頬に当てる。
まだ熱いよ、先輩の手。
「先輩……」
私は布団に顔をうずめた。
弱々しいけれど、宮川の腕が私の頭を抱きしめていた。
うっく、うっく……。
「泣くな……アリス……」
「うん、泣いてないよ、泣いてない……」
先輩の腕、あったかい。
なんだか意識が遠のいていく。
先輩、もう大丈夫だよね。
話し、できたもん、ね。
スーッと引きこまれるようにして意識がなくなった。




