no.2
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昨日のことは忘れよう。計画通り、私は静かに高校生活を送るのよ。
校門を入って背筋を伸ばした。
「おはよ~、桐原さん」
「おはよう」
いつもまあるい大きな瞳で、私の顔を覗きこんで挨拶する朝田沙耶。
今日も肩の上で切りそろえられた艶のある髪がさらさらしてて、綺麗。
沙耶だけがしつこく私に話しかけた。
たまたま席が隣になっただけのことかもしれないけど、誰とも話そうとしない私にそれはそれはしつこく……。
「ね、桐原さん。昨日の生徒会どうだった?」
「まぁ、それなりに」
「桐原さんは何になったの?」
「副会長」
「え、え~~~っ、すっごい。1年で副だなんて。でも桐原さんならできちゃうか。あっ、ごめんね。こんな言い方、あまり好きじゃないよね」
沙耶は意外と鋭い。
だから怖い。
のほほ~んとしてそうで心の中が読めるみたいな……。
「で、おに……宮川先輩は?」
「うん、会長」
「やっぱりねぇ」
なんでもお見通しだわ。
バシッ。
背中にかなりきつい衝撃。
そして顔を見せたのは宮川だった。
「おはよ! アリス」
あっ、あっ、あっ……ありすって、なんで呼び捨てなのよ!
しかもカバンで背中、叩かないでよ~~~。
心臓に悪い。
「お、おは、おは……」
「おーっ、アリスがどもってら」
ワハハハハハッ……。
「ちょっとお兄ちゃん。なに笑ってるのよ。桐原さん、いきなりで驚いたのよ!」
「いや、だってさ、こいついっつも能面みたいな顔してなんでもさらりとやるって話だからさ。あはははっ」
いつまでもお腹かかえて笑ってればいいわ。
私はこいつを相手にしていると調子が狂う。
逃げるが勝ちってこともありえるかもと、かまわずに歩き出した。
でも、ちょっと待って。
今、沙耶はなんて言った?
確か「お兄ちゃん」って。
で、でも姓が違うし、まっ、まさかね。
「ほらっ、お兄ちゃん、ちゃんと謝って!!」
「わかったよ、沙耶。だから離せ」
私の体が凍りついた。
進まない足。
「悪かったよ、アリス」
「ごめんねー。桐原さん。お兄ちゃんって、ほんと悪ふざけなとこあって」
「お、お、おに……」
口まで凍り付いちゃって言葉にならない。
「まだどもってやんの!」
また馬鹿笑いされた。
も、もういい。
やっぱり逃げるが勝ちよ。
私はなんとか歩き出した。
なんだかこれからの高校生活が真っ暗になった気がする。
別に明るい高校生活するつもりもなかったけど、静かに過ぎるはずの日々がとんでもないものにすり替えられたような気がして……。
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その日、私は沙耶から宮川のことを聞いた。
確かに兄妹らしい。
親が離婚して、宮川は母方に、沙耶は父方に引き取られた。
だから姓が違う。
母親は2年前になくなり宮川は一人暮らし。
だからたまに沙耶は宮川のところに行って食事を作ったり、掃除をしたりする。
「だってねー、お兄ちゃんったらだらしないのよぉ。ほっといたら家中ごみだらけになっちゃう。ご飯だってコンビニのですませちゃったりしてさ」
はいはい、わかりました。
宮川の情報はそこまでていいよ。
あんな奴のこと知りたくない。
「でもね、あれでいて優しいんだよ。うちはパパ再婚しちゃって新しいママがいるでしょ。うまくいってるけど、やっぱり私の気持ち的には、いまひとつしっくりこなくて。それでお兄ちゃんが息抜きに来いって言ってくれて。両親にはこっそりね」
ふ~ん。
そんなとこもあるの、あいつ。
「だからね、あの、あんまり怒らないでね。調子に乗ってバカしないように言っとくから」
「ありがとう」
「あっ、桐原さんが笑った」
お、思わず微笑んでしまった。
沙耶の言うことなら聞きそうだしなぁ、なんて思えちゃって。
これ以上、ちょっかい出されちゃ困るもんね。
「ねぇ、桐原さん。私もアリスって呼んでいい? だってとっても素敵な名前なんだもん」
「いいよ。私も沙耶のこと沙耶って呼んでるんだから」
もっとも沙耶がそう呼んでくれなくちゃ、嫌だというからそうしたんだけれど。
「アリスって素敵よねぇ。ロマンチック」
その名前のお陰で、私はひとつ苦労を背負い込んだのよ。
ママが少女趣味人間だから、こんな名前にされてフリフリピラピラ着せられて、散々だったんだから。