no.19
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リズミカルに包丁の音がする。
お皿を出す音。
水が流れる音。
なんだかママがいるみたい。
RRRRR……。
「はい、桐原です」
『あっ、アリスちゃん、今朝はごめんなさいね。電話し忘れちゃった』
「マ、ママ~~~っ」
『ど、どうしたの?』
「指、包丁で切っちゃった」
『え~~~っ、で、大丈夫なの。だからお料理しないで買ってきなさいって言ったじゃない。ね、大丈夫なの?』
「うん、宮川先輩が手当てしてくれた」
『えっ、宮川君、来てるの?』
「うん。コロッケ持ってきてくれた」
『もしかしてお料理、宮川君にやってもらってるの?』
「だって、痛い」
『仕方ないわねぇ。宮川君に代わって』
「うん」
私はキッチンに行った。
「あの、ママから電話なんですけど、先輩に代わって欲しいって。大丈夫ですか?」
「おう、わかった」
手を拭いた宮川に電話を渡した。
「もしもし、すみません。勝手に……いえ、俺のほうは全然……はい、はい……はい、わかりました。それじゃ、帰り気をつけて」
なにを話したのかな……。
電話を渡されて、私はリビングに戻りつつ……。
「もしもし」
『あっ、アリスちゃん。帰り明日ね、遅くなるから。明日も宮川君に頼んだから、あなたは包丁触らないで。これ以上怪我されたらママ、落ち着いていられないもの』
「ちょっ、ちょっとママ、またそんなこと言って。迷惑だってばっ!」
『OKしてくれたわよ。まったく危ないったら。とにかく明日、夜遅くなっちゃうから先に寝てなさいね。じゃ、くれぐれも包丁触らないでね』
「ママ、ママ!」
ツーツー。
まったく勝手なんだからぁ。
私は電話を置いて、キッチンに行った。
「すみません、またママがなにか言ったみたいで」
「いや、俺も料理しに来たほうが落ち着く」
「先輩までひどい!」
「いいから座れ。できたぞ」
「う、うん」
ちゃんとお皿に千キャベツが乗ってて、プチトマトも飾ってある。
コロッケが二つ乗ってて、それも食べやすい大きさに切ってある。
「お味噌汁まで作ったの?」
「勝手に使って悪かったな。ワカメあったしよ」
「すごいです」
「別にすごくないと思うよ、俺」
呆れた顔をして、ご飯を分けてくれた。
「ほら、食え。ソースかけるぞ」
「うん、いただきます」
ソースまで掛けてもらった。
なんか至れり尽せりって、こういうこと言うんだよね。
「手、もう痛くないか」
「うん、もう大丈夫みたいです」
「そっか」
なんかぶっきらぼうな言い方だけど、心配してくれたんだよね。
「心配かけちゃって、すみません」
「謝ることはないけどね」
「おいしい、これ」
「だろ、冷めてもうまいんだよ、このコロッケ」
「あ、あの、お味噌汁もおいしい、です」
なんか自分が恥ずかしくなっちゃった。
「うまいと思ったら素直に食え。余計なこと考えるな」
なんで見透かされちゃうんだろ。
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食事が終わって、片付けはいいというのにキッチンから追い出されて、リビングにポツリン。
水の音がしてて、片付けまでやってくれてるのがわかる。
どんどん落ち込んじゃうよ。
「終わりっと。勝手にコーヒー入れてきた。ほれ」
「あっ、ありがとうございます。すみません。何から何まで」
「だから謝ることないって。怪我されるよりいい」
ぐすん。
「どれ、見せてみろ」
包帯が巻かれた指をまじまじと見る。
「大丈夫そうだな。血もにじんでないし、止まったみたいだ」
コーヒーを一口飲むとまたドサッと私の右隣に座った。
「明日も来てやるから、包丁触んなよ」
「やだ、ママと同じ事言ってますよ」
「おまえがドジるからだろ。また怪我されちゃ、こっちの身が持たないよ」
「ごめんなさい」
「だから謝んなくていいって」
いきなり頭を抱え込まれた。
い、息、苦しいですよぉ~~~。
「おまえと飯が食えた。それだけでいい。怪我したとこにいて本当によかったって、ほっとしてる。かわいい泣きべそかいてるおまえを見られて、よかったと思ってる。わかったか」
それってなに?
よくわかんないよ。
私は「うん」って返事すればいいの?
なんて返事すればいいの?
で、苦しいんだってばぁ……。
じたばたしたら抱きしめてた腕が解けた。