no.17
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保健室は、静かだった。
「少し休んでいくといい。あなたは教室に戻りなさい。授業が終わったら様子を見に来るといい」
「はい。じゃ、アリス、ゆっくり休んでね」
「ごめんね、沙耶」
白いカーテンが引かれて静かになった。
遠くから聞こえてくる音楽。
1時限から音楽やってるクラスもあるんだ。
医務の先生が来て言った。
「勉強のし過ぎで寝不足なんじゃないか。無理はしちゃだめだぞ」
見た目はすっごく綺麗で大人の女性って感じなのに、話し方がちょっと男っぽいな、この先生。
「それとも恋の病かなぁ?」
「えっ?」
「朝からアツアツだったもんな。会長さんと」
「やだ、先生まで」
「ごめん。でもさ、高校生って言ったら、普通恋の悩みくらいあっておかしくないんだからさ。そういうことも私は相談に乗れるよ。一応、先輩ってね」
ウィンクして見せて、楽しい先生だ。
「あっ、吸ってもいい?」
「あっ、どうぞ」
医務の先生なのにタバコ吸うんだ。
「冗談じゃなくさ、悩みとかあったら話していいんだよ」
ふーっ。
天井に出した煙がゆらりと昇っていく。
「そういうんじゃないんです。なんだか嬉しくて。クラスのみんなと仲良くなれて」
「なに、それ?」
「ヘンですよね、こんなの。でも今まで誰とも友達になりたくないって思ってて、勉強や運動ができて、そういうことできれば別に他には何もいらないって思ってて。なのに沙耶と仲良くなって……」
「あっ、さっきあなたを連れてきた子ね」
「はい。生徒会もなんだか祭り上げられて入っちゃった感じで、最初は嫌だったんです。でも宮川先輩がいろいろ助けてくれて、なんだか楽しくて。それで今朝はクラスのみんなが応援するよぉなんて団結しちゃうもんだから、私、私……」
「そっか。よかったじゃない。人間、勉強ができたって、スポーツができたって幸せにはなれないよ。生きていく上で一番大切なのは人間関係なんだから。それを学ばなくちゃ。いい友達持って幸せだ」
「はい」
「やっぱり眠ったほうがいいよ。ちょっと寝不足っぽい顔してる」
そうだ。
昨夜、一人で寂しくて、なんとなく眠れなかったんだよね。
川上先輩のことも気になっちゃって。
ここ、エアコン効いてて気持ちいい。
眠っちゃおう。
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「……幸せな顔して眠ってるよ。もう少し寝かせておいたほうがいいな」
「ほんとだ。心配させやがって。ったく。センセ、俺にも一本」
「こらっ、そういうこと先生に言うな。でもここは幸せなお姫様に免じて許してやる。でもあんまり吸いすぎるなよ。体によくない」
「ああ」
ぼんやりした頭に会話が聞こえた。
なんだか穏やかな会話。
心地いい。
スーッとタバコの香りがした。
「あれっ、起こしちゃったか、ごめん」
ベッドの横にいたのは宮川だった。
しかもタバコまで吸ってる。
「ちょ、ちょっとそれっ!」
「おっ、ヤベッ」
さっきの会話が頭に蘇ってきた。
まさか、医務の先生なのに生徒にタバコあげたわけ?
「どうした、目、覚ましたのか」
カーテンから顔を出した先生もくわえタバコ。
「見つかっちった。センセ、これ、返すわ」
「バカ。起こすからだろ、何したの?」
「なんにもしてねーよ」
怪しげな目をしながらも先生は、宮川から渡されたタバコを持ってカーテンの向こうに消えた。
「なにしてるんですか、こんなところで」
「おまえが保健室に運ばれたってゆーから、様子見に来たんだろうが」
「なんで2年の先輩が知ってるんですか」
「なぜかおまえのことは、すぐ情報が入る」
宮川は、前髪を掻きあげた。
もーやだ。
なんでこんなことまで、すぐに先輩のとこに情報いっちゃうのよ。
私は恥ずかしくなって布団にもぐりこんだ。
「おい、気分悪いのか?」
「大丈夫です。少し眠ったから」
「寝不足だってな」
「うん。昨夜一人だったからちょっと……」
「あれ、お母さんは?」
「うん、夫婦揃って親戚の結婚式。九州だから二泊で行ってるんです」
「なるほど。で、今朝は遅刻ぎりぎりってことか。まったくホントにお子様だな」
「おーい、始業ベルなってるぞぉ。旦那は授業に戻れ」
カーテンの向こうで先生が言った。
な、なんなのぉ。
旦那ってっ!
「ほいほいっ。んじゃな、もう少し寝てろ。センセ、頼むぜ」
「あいよー」
なんていう先生と生徒……。
「よっ、愛されてますなー」
カーテンから覗いた先生は、そんなこと言ってちゃかしてくれた。
もー知らないっ。
私は壁のほうを向いて寝たふり。
結局、また眠っちゃって、3時限まで保健室にお世話になってしまった。