no.155
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次のお話を書かなくちゃと思いつつも、なかなか書き出せずに数日が過ぎた。
時々、玲菜から連絡があって、遊びにおいでよと誘われたが、真夏の太陽がギラギラと輝く外を見ると、げんなりして、外にも出られなかった。
RRRRR……。
電話が鳴った。
出てみると大道寺からだった。
『なかなか連絡できずに申し訳ないですね。体調も良くなったので、明日からでも来てもらえますか?』
いつもの涼やかで落ち着いた声。
「はい、わかりました」
『待っています。よろしくお願いしますね』
電話を置いた手が震えているのがわかった。
大道寺は何も言わなかったけれど、私が結婚していることを既に知っているはず。
「なんかドキドキだぁ~」
基樹が帰ってきて、大道寺から電話があったことを話した。
「もう開き直って行けよ。今夜はキスマーク一杯つけてやるから」
「んもぉ、馬鹿なこと言わないで!」
基樹が明るく応じてくれたから、私も気持ちが楽になった。
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翌日、気合を入れて、大道寺の家に向かった。
燦々と降り注ぐ太陽の下で、白亜の豪邸が輝いている。
何度見ても、すごいとしか言いようがない。
ドアベルを鳴らすと、赤城が出てきた。
その表情が妙に明るい。
「先日は、失礼なこと申し上げて、本当に申し訳ありませんでした。ご結婚なさっているなんて、知らずに……」
「あの、私のほうこそ、最初に話しておくべきでした。すみません」
二人して、頭を深々と下げていた。
頭を上げて、二人して、噴き出す。
「先日、話したこと、気になさらないでくださいね」
「でも赤城さんも大変でしょう?」
私が結婚しているという事実が明らかになっても、赤城さんの状況を変えることはできない。
大変さは変わらないのだ。
「アリス様がご結婚されていたっていうお話を旦那様から聞かされまして、その流れで私の状況も話しましたら、なぜ早く話さなかったんだと、叱られてしまいました」
赤城は笑顔でそう話す。
「主人が寝たきりの状態に近いことを話しましたら、主人の世話を優先するようにと言われまして。こちらにはその合間に来ればいいと言われました」
「そうだったんですか」
「アリス様のお陰です。話すきっかけをくださいまして、ありがとうございます」
「えっ、そんなぁ~」
「何をしているんだい?」
奥から、大道寺が出てきた。
「旦那様、アリス様がいらっしゃいましたよ」
「ベルが鳴ったのが聞こえていたよ。なかなか来ないからどうしたのかと思ってね」
「それは失礼いたしました。今日はアトリエのほうでございますか?」
「そうだね。中庭にしよう」
「わかりました。後ほど、飲み物などご用意いたします」
赤城が奥に入っていった。
「今日は中庭の木陰でお願いできますか?」
「あっ、私はどこでも」
ぷっ。
大道寺が噴き出した。
私、なにかしたかな。
「君はスキがあり過ぎますね。どこでも、なんて答えたら、寝室に連れ込みますよ」
「えっ?」
歩き出した大道寺に着いていきながら、私は少々焦った。
大道寺の背中が笑っているのが、わかる。
「大丈夫ですよ。そんな失礼なことはしませんから。考えたら、今までの僕は、あなたに失礼なことばかりしていましたね」
「えっ、いえ、そんな……」
なんと答えていいのか、わからない。
大道寺は振り返りもせず、話を続けた。
「君に一目惚れしてしまいましたけど、出会いのタイミングか少し遅かったようです。こればかりは仕方ありませんね」
「あの、すみませんでした。最初に話しておくべきだったんですけど……」
「まあ、いいでしょう。君が幸せだから、魅力的に見えたのですよ。さぁ、こちらです」
大道寺はガラスのドアを開けて、中庭に通してくれた。
木々の奥にアトリエに続く渡り廊下が見えた。
中庭は、池が中央にあり、周りに小高い木々が植えられてある。
その木陰になっている場所に洋風なテーブルと椅子が置いてあった。
「君はその椅子に掛けていてくれればいいですから。そうそう、用意した服があったんですね。着替えますか?」
「そのほうがよければ」
「ではお願いしようかな。アトリエに置いてあるので、そちらで着替えてきてください」
アトリエに入ると、テーブルに服がぽつんと置いてあった。
広げてみると真っ白なワンピース。
飾り気のないものだったけれど、清楚な感じでいい。
着替えて戻ると、テーブルの上には、冷えたジャスミンティーが置かれていた。
「思った通り、似合いますね。君自身を引き立ててくれていますよ」
なんだか気恥ずかしい。
「座って、楽にしていてくれればいいですからね」
いつの間にかキャンバスが乗せられたイーゼルなどが用意されていた。
楽にしていていいと言われても、なんだか緊張がとけない。
座って背筋を伸ばす。
「そんなに力を入れなくてもいいんですよ。ジャスミンティーでも飲んでください」
「は、はい」
いい香りのするジャスミンティーに手を伸ばし、香りを楽しんでから、一口飲んだ。
香りが体中に広がるようだった。