no.150
また浜へ出た。
「今日は突然こんなところに連れて来てしまって申し訳なかったね。金倉さんが君がお話に詰まっているようだから気晴らしをさせてやってほしいって言っていたから。正直、僕も早く君の次のお話を見たいし。それでいても立ってもいられなくなってね」
「すみません。私がうまく出来ないから……」
「あっ、そんな風に思ってはいけないな。君にはすばらしい感性がある。きっとね、その感性が繊細過ぎるから難しくなってしまうんだろうね。でもね、それは悪いことじゃない。いろんなことを感じているってことなんだから。生きているのにこの世界から感じられることが少ないのは悲しいことですよ。その点、君はたくさんのことを感じているわけだから、幸せだと思わなくては」
たくさんのことを感じている、かぁ。
「そうそう。君にお願いしたいことがあったんですよ。お話のことばかり思いつめてしまってはよくないから、僕のモデルになってもらえないでしょうか?」
「モデル?」
「そう。今度ね、個展を開くことになったんですよ」
「個展ですか? すごい!」
「いや、絵を描くことしかできないのでね。こんなことしかできないんですよ」
大道寺は照れたように笑って、話を続けた。
「毎回テーマを決めてやっているんですよ。今回は『少女』というテーマです。つまり君なんですよ」
「えっ?!」
「君のお許しを貰わなくてはいけないんですが、後になってしまって……」
「お許しって、そんな……」
「君を僕なりに何枚か描いていたんです。見せたこともありましたね」
そういえば見せてもらったことがある。
真っ白な服を着た私が立っている絵、とても印象的だったけれど、見せられた時が時だっただけにあまりしっかり見ていなかったような気がする。
「個展を開くに当たって、その中心になる絵を描きたいんですけどね。それでどうしてもモデルをお願いしたいんです。本当はもっとずっと後でお願いしたいと思っていたんです。けれど、今、描いておきたいと今でないと……」
そう言って大道寺は海の方に視線をやった。
言葉を切ってしまって、まっすぐ海を見つめる。
なにを考えているのだろう。
私はそんな大道寺を見つめて、次の言葉を待っていた。
「……頼むよ……」
まるで搾り出すようなその言葉が押し寄せる波の音に重なって、重く重く響いてきた。
「……僕には他に……」
波にかき消されてその部分しか聞こえなかった言葉は、一体なにを意味しているのか、私は答えあぐねた。
足元に寄せる波、何かわからないものが私に近づいているような不安が感じられる。
いつも大人で不安など感じさせない大道寺がなにか歯切れの悪いものいいをしている。
多少、強引な言い方ではあるが、いつもならモデルを頼みますよ、なんて言って、もうそのつもりでいるような態度をとる人だ。
それなのに今回は私が笑ってノーと答えでもしたら、それはひどくこの人を傷つけることになるとわかるほど弱々しい。
それでいて重い何かがそれに隠されているような。
「私なんかで……いいんですか?」
もうノーと言えないと思えた。
「君でなければダメなんです」
視線を落としたまま、そう答える大道寺。
「私でいいのなら……」
大道寺が何を考えているのかわからない。
私を好きだという思い以外にもっと別のものを感じる。
好きだからという思いだけなら、私は逃げたかもしれない。
本当はそのほうが良かったのかもしれない。
でももっと別の何かが怖い。
「本当に……本当に引きうけてくれるんですか?」
私は頷いた。
今の私にできるのはそうすることだと思えたから。
「よかった。本当によかった。ありがとう。よろしく頼みますね」
「……はい……」
「実はね、服も用意してあるんですよ。たまたま見つけたものなんだけど、これを着ている君を描いてみたいなと思って衝動買いしてしまったんです。おかしいでしょう。こんなことしているなんて」
いつもの大道寺に戻っていた。
大人な雰囲気があるのに、そこに子供っぽい正直さがあって、不思議な。
「でも、私なんかで本当にいいんですか?」
私も明るくそう言ってみた。
「君はいつもそうだね。君は私なんかじゃないですよ。そんな風な言い方は良くない。君は君の持っているすばらしさに気付いていないようですね。こんなことを言ってはうぬぼれていると思われてしまうかもしれませんが、僕が君のそのすばらしさを描いて見せますよ」
なんだかすごいことになってしまったなぁと思えた。
でも大道寺は自信満万というか、やる気満万というか……。
OKした途端、この通り。
結局、翌日から大道寺の家に通うことになった。
この日、私は夕食までご馳走になってしまった。
本当は基樹の帰ってくる時間が気になって仕方なかったけれど、金倉から両親がアメリカに行ってしまったと聞いていた大道寺は早く帰ってもつまらないだろうと引き止めた。
あまり強く断っても申し訳ないかとも思えて、ずるずる長居をしてしまった。