no.149
夏の海につき物の開放感からか、私はさっきまであった緊張がほぐれていた。
きらきら輝く海とさらさらの砂浜。
こんなきれいな砂浜なら夏もいいと思えた。
波の音だけしかしない。
「ここは静かでしょう。僕はあまり外に出ることはないけれど、ここに来るのは好きなんですよ。四季折々の海も楽しめる」
ふいに吹いた風に帽子が飛んでしまいそうで慌てて手を上げた。
「帽子を被っているとまた違ったイメージがありますね、アリスくんは」
「はい?」
「なんとなく今日はいつもより大人っぽく見えますよ。服のせいもあるかな」
ドキンとした。
消えていた緊張感が戻ってくる。
キャミソールの上にサマーカーディガン、膝上丈のスカート。
これを着てきたことを後悔しても遅いかも。
そんなことを考えていると大道寺は砂浜から拾い上げた貝殻を差し出した。
「どうぞ」
私はそれを受け取ろうと手を出した。
それをいきなり掴まれて……言葉が出なかった。
どれくらいそんな格好のままいたのだろう。
長く感じたけれど短かったのかもしれない。
ただ鼓動が激しくなるばかりでどうしていいのかわからなくなっていた。
「どうも君を好きになってしまったらしい」
聞いてはいけない言葉がとうとう大道寺の口から放たれてしまった。
こうなることを心のどこかで感じていた。
だから二人きりになりたくなかったのだ。
どうしよう。
「返事などはいりませんよ。ただ僕の気持ちを伝えたかっただけです。君の気持ちはまたあとで聞かせてください。今はまだ……」
そう言って手を離し、貝殻を握らせてくれた。
そっと手を開いて見ると桜色のきれいな貝殻だった。
なんとなくぎこちないまま、砂浜を散歩してからテラスに戻った。
お手伝いさんが食事の用意をして待っていてくれた。
冷えたワインまで出される。
「君は飲めますか?」
「い、いいえ、私は……」
一応未成年だしなぁと思う。
「少しならいいでしょう。試してごらんなさい。これは口当たりのいいものだから」
そう言って私の前に置かれたワイングラスにルビー色の液体が注がれた。
夏の海に乱反射する光がかざしたワインの向こうから差して、一層ワインの色を輝かせている。
なんだか本当に大人の雰囲気の中にいるみたいだ。
テーブルを挟んで向こう側ではなんの違和感もなくそのワイングラスを傾ける大道寺がいる。
この人はこういう雰囲気の中で本当にピッタリくる。
大人なんだなぁと改めて感じた。
「さぁ、召しあがってください。彼の作る料理は最高ですよ」
「……はい、いただきます」
ワインをほんの少し唇につける程度にして、お料理をいただくことにした。
ママもお料理が好きでいろんな物を作ってくれたけれど、今、口にしているものは始めての味ばかりだ。
よく冷えたマリネ。
一体なんという魚だろう。
歯ごたえがあっておいしい。
お魚を刺身のままマリネにしてある。
さすがは海だった。
もう言葉もないくらい美味しいお料理だった。
食べながら大道寺はいろんな話をしてくれた。
小さな頃からここに来ることは多くて、ここでどんなことをしたとか。
ほんの少し前、砂浜で告白したことなど、すっかり忘れてしまっているかのようで、以前の大道寺のままだ。
自然なやわらかい笑顔。
こちらまで砂浜の出来事を忘れてしまうくらいだった。
お料理をいただいたあと、部屋に入って、大道寺が子供の頃から集めていたというこの砂浜で拾った貝殻を見せてもらったりした。
たくさんある貝殻の中に両手を広げたくらいの大きさのものがあった。
「これもここで拾ったんですか?」
「まさか、それは買ったんですよ。そんな立派なものがこの浜に流れ着いたとしたら大変ですよ」
「そ、そうですよね。やだっ」
大きな巻貝の貝殻を前に私は笑ってしまった。
「やっと笑ってくれましたね。さっきのことが気になるようなら忘れてください。言ってしまったあとでこんなことを言うのは勝手過ぎると思いますが、気まずくなるのは辛いから」
はにかんだような表情で大道寺が言った。
食事のとき、明るく子供の頃のことを話したり、貝殻を見せてくれたりしたのは、私の様子を気遣ってだったのだ。
私は大道寺に頷いて見せた。
私のほうもできればなかったことにしたかった。