no.145
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それから数日、平穏無事に過ぎていった。
金倉さんから連絡があって、本ができたから見に来るようにと言われた。
基樹と一緒に出版社へ行った。
「あら、今日は彼も一緒ね」
にこにこと金倉は言った。
「まだこれは試し刷りだから、これから出版されるものができるのよ。とりあえず目を通してもらおうかと思って」
そう言って、手渡された本を手に震えてしまった。
これが私の本。
表紙は以前見せてもらったものだった。
色がとってもきれい。
開く手も震えて……。
「最初の本ね。本当はまだまだ出来上がる予定じゃなかったのよ。大道寺先生は仕上りが遅いので有名なの。だからあとひと月くらいかかるかなぁなんて思ってたのよ」
私は本を開く。
大道寺先生のところで見せてもらった絵がちゃんと挿絵になっていた。
自分の書いた文章より、大道寺の描いた絵に目がいった。
基樹は黙って私の横からそれを見ていた。
「すばらしいものになったわ。特に最後の絵なんて最高よ。今までで一番かな。先生がね、あなたがこれを描かせたんだって。その背中が見えるでしょ。それが自分だったら、なんて言ってたわ。なんでしょうね。本当に」
それだけでどういうことか、私にはわかった。
絵の中の少女は私。
泣きながら手を伸ばしてくるこちら側には背中。
それが大道寺ならってことなのだ。
先生は本気……。
「アリスに似てるな……」
ぼそっと基樹が言って、心臓が止まるほど驚いた。
確かに絵を見ただけでも少女が私に似ていると思える。
ウェーブのかかった髪。
長さは絵の少女のほうが少し短いかもしれないけれど。
最初からこの絵だった。
私を見る前から。
だから偶然でしかない。
「そうよね。最初、大道寺先生の絵を見たときも思ったけど、偶然よねぇ」
金倉は私が大道寺先生と会っているのを知らないのだろうか。
先生は何も言っていないのだろうか。
「これで、OKかしらね。アリスちゃんはどう?」
「あっ、私はもうお任せしてますから」
「そう。私はこれ以上はないと思ってるわ」
本当に嬉しそうに微笑む金倉を見て、なんとなくほっとした。
「あっ、そうそう。これね、大道寺先生から預かったの。アリスちゃんに渡してって」
そう言って、金倉は封筒を差し出した。
ノートよりちょっと大きめだろうか。
それを私は開けてみた。
中から一枚の絵が出てきた。
湖がバックに描かれていて女の子と男の子が描かれている。
金色のウェーブのかかった髪の少女。
ブルーのドレスを着ている。
男の子はストレートのおかっぱ頭でやはり金色。
中世ヨーロッパ風の服を着ている。
二人の透き通るようなブルーの瞳がすごく印象的。
でもこれは一体なんなんだろう。
いきなり一枚の絵を渡されただけじゃ、わからない。
「アリスちゃん、後ろ……」
そう言われて絵をひっくり返してみた。
後ろになにか書いてある。
『この絵を見て、お話を作ってみてください。君のストーリーにまた絵を描きたい 大道寺』
うわぁ~っ、なんてこと書いてあるんだろう。
「まるで愛の告白みたい」
金倉はくすっと笑って言った。
冗談じゃなく、ちょっと気まずい。
「よほど気に入られたのね。こんなこと本当に初めてよ。書いてみたら、アリスちゃん」
「そ、そんな……」
「私もね、また願いするつもりでいたのよ。大道寺先生に先、こされちゃったわね」
「えっ?!」
「折角これが本になるのよ。私ね、これだけじゃもったいないと思ってたの。この本が出版されたら次の作品依頼するつもりでいたのよ。編集長とも話したわ。やってみてほしいの。これからずっと」
いきなりそんなことを言われても……。
大体、大賞を受賞したのだって信じられないくらいだったのだ。
「返事はすぐじゃなくていいの。でもよく考えてみて、ね」
「はぁ」
どうも話が進みすぎて、ついていけない。