no.137
コンコン。
「紅茶をお持ちしました」
「入っていいよ」
赤城さんがワゴンの上に紅茶のセットを乗せて今まであったカップなどを片付ける。
「旦那様、ちょっと……」
そう言って大道寺を部屋の外に連れ出した。
気になってドアに近づく。
「下の客間、鹿島さんが使われてしまって、どうしましょうか?」
「そうだね。こんなときに限って現れる奴だから。ははっ」
「笑い事ではありません。まさか旦那様のお部屋でってわけにもいきませんでしょう」
「僕はそのつもりですよ」
へっ?!
「またそんなご冗談を」
「冗談を言ったつもりはありませんよ」
「でもまだお若い方ですし……本気なんですか、旦那様?」
「いけませんか?」
「い、いえ、旦那様が女性に興味を持たれたのは嬉しいことなんですが……」
「では、もう何も言わずお帰りなさい。また明日、早めに来てくださいね」
「は、はい」
私は慌てて窓際まで走った。
レースのカーテンを握り締める。
ドキドキが収まらない。
今の会話は聞かなかったほうがよかったような……。
カチャリ。
「悪いね。紅茶を入れよう。こちらに来てどうぞ」
「は、はい」
な、なんか緊張しまくり!!
「まだ雨はやみませんか?」
レースのカーテンの隙間から外を覗く。
まだ振り続いていた。
「はい……」
「紅茶入りましたよ」
「は、はい」
私はベッドの端に座って紅茶をいただいた。
大道寺は隣に座って、やはり紅茶を飲む。
ドキドキ……。
心臓のドキドキが手まで伝わってしまいそうで、私は持っていたティーカップをワゴンに戻した。
「女性に興味を持つのは実は始めてでね」
うわぁ~っ、なんかちょっと聞きたくないかも。
「こんなことを言うと変に聞こえるんでしょうね。別に女性に興味がなかったからと言って、同性に興味があったわけではありませんからね」
「へっ?」
ニコッと笑って……
「そういう趣味はないです」
「や、やだぁ~。先生!」
あははっ。
焦った。
「ただね、28年間生きてきて、たまたま興味を持てる女性に出会わなかっただけです。付き合った女性はいてもね」
28歳ってことか……。
「ずっと絵にしか興味が持てなかった。女性もたくさん描いてきました。でもモデルはやはりモデルでしかないし。描いた絵の中の女性を私なりに美化しているようなところがありましたね」
綺麗な女性の絵をたくさん見せてもらった。
そのどれもが大道寺自身が美化したものだったのか。
よくわからないけれど、あんなに綺麗に描けるのだから、その辺にいる女性にあまり目が行かなかったのも頷ける気がした。
「君に始めてあったとき、不思議と君とたくさん話がしてみたいと思いました。なぜそんな風に思ったのかわかりませんが……」
見つめられているのがわかる。
でも照れくさくて大道寺のほうを見れなかった。
「話してみてどんどん惹かれていくんです。君の表情から目が離せなくなる。一瞬一瞬の表情をキャンパスに残しておきたいような、そんな感じですね。こんな風に思うのは迷惑だろうか?」
「い、いいえ。でも私なんか……」
もしかしてモデルになって欲しいって言いたいのかな?
もっとも綺麗なモデルさんはたくさん描いているだろうし、私はモデルなんかにはなれないか。
「赤城さんにずっと言われてきたんですよ。早く結婚相手を探すようにって。浮いた話が全然ないなんて情けないって。彼女は父がいたころからこの家にいたから、気になるんでしょうね」
「赤城さんはずっと先生のお宅でお手伝いされてるんですか?」
「そう。隣に家があるんです。母が小さい頃亡くなって、父は仕事で忙しかったから、僕の世話はすべて赤城さんがしてくれていました。母親がわりといったところでしょうか」
「そうなんですか」
だから旦那様とか言いながら、言いたいことも結構言ってるんだぁ。