no.136
「困ります、鹿島さん。今、旦那様はとりこみ中で……」
赤城さんの声が廊下からした。
バタンッ。
ドアがいきなり開いた。
「おいおい、ホントに取り込み中ってかぁ~」
サングラスをした男性がドアに寄りかかりながら言った。
うっ……。
立膝になったままの大道寺の手は、私のウエストにあるスカーフの結び目にかかっているし、私はシャツを持ち上げてるし……。
カーッ。
「あっ、いや、こ、これは……」
大道寺は慌てて手を引っ込めて、立ちあがった。
手で目を隠している。
私も慌ててシャツをグイッと引き降ろした。
「そ、それよりなんだい。いきなり……」
大道寺が訊ねた。
「なんだじゃないだろう。俺の個展、忘れてただろう。今日までだったんだぞ。来いって言っといたろうが。あ~?」
な、なんかこの人、酔ってるみたい。
サングラスを取って見えた目がなんだかそんな雰囲気。
「あっ、そうだった」
「へっ、俺のことはすっかりお忘れかい。んで、このお嬢ちゃんに夢中になってたってか?」
「いや、それは……」
「珍しいな。おまえが女を連れこむなんてさ。上はプライベートゾーンだったんだよなぁ。絶対他人を入れたりしなかった。なのになぁ~」
私をじろじろ見てる。
「竜司、下に行こう。アリスくん、ちょっと待っていてもらえるかな」
「えっ、あの、私帰ります」
「いや、待っててくれないか……」
「は、はい……」
なんでだろう。
先生に言われちゃうと断れなくなっちゃうんだよね。
とほほっ。
でも本当にいていいのかなぁ。
なんだかまずい気もする。
ベッドに腰掛けた。
家に帰りたくないな。
でもママ心配してるかも。
ローリエ買いに出かけただけなのに……。
コンコン。
「失礼します」
入ってきたのは赤城さんだった。
「濡れたお洋服、乾かしますね」
そう言ってワゴンの横に置いてあった袋を掴む。
「あ、あの、そんな……」
「旦那様に言われましたので」
「えっ、あ、あの……」
「洗って乾かしておかないと、お帰りになるとき困りますよ」
「あ、あ、そう……ですね。すみません」
「かわいらしい方ですね。最初、お会いしたときにもそう思いました。旦那様もとてもお気に入りのようで」
「えっ、あの、そんな……」
もう言葉が繋がらない。
上がりっぱなし。
「それじゃ、お預かりします」
きゃ~~~っ、ちょっと……。
結局、濡れた洋服を持っていかれてしまった。
それから30分くらいして、大道寺が戻ってきた。
「一人にしてしまって悪かったね」
「いいえ、あのお客様は?」
「ああ、下の客間で寝てしまいました。彼は僕の友人です。ああ見えても結構いい奴なんですよ。僕が彼の個展に顔を出さなかったものだから、拗ねてしまったようです」
拗ねた……。
子供みたい。
「あ、あの、私そろそろ帰らないと」
いつまでもいては迷惑になる。
「電話をしておきましたよ」
「えっ?」
「お家の方、心配していると思って。勝手にすみません。金倉さんに番号聞きました」
そ、そうか。
「今夜はこちらにお泊まりなさい。明日は学校代休だそうだし」
あっ、体育祭の代休だった。
「で、でもご迷惑に……」
「服もまだ乾きませんよ。何があったのかは知りませんが、あんな風に来た君をこのまま返したりできませんよ。少し気持ちが落ち着くまでいてください」
髪を優しくなでられた。
「でも、これ以上甘えて……」
「言ったでしょう。君が笑顔になれるような力が僕にほんの少しでもあるなら、僕達が出会った意味があると。先ほどかなり楽しく笑ってしまいましたけれど」
や、やだ。
思い出しちゃった。
恥ずかしい。
「どちらかというと君が僕に笑顔をくれたと言うべきかな」
「あははっ、そんな……」