no.135
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気がつくと白い洋館の前に立っていた。
明かりのついた応接間。
人影が動く。
「先生……」
私、こんなところで何してるんだろう。
先生に迷惑かけちゃいけない。
立ち去ろうとしたけれど、
「アリスくん!!」
大道寺の声がして、私は走り出していた。
大道寺の腕の中に。
「一体どうしたんです。びしょ濡れじゃないですか。早く中に」
もうどうしようもなかった。
なにかを考える余裕もなく。
「赤城さん、赤城さん!! 早くタオルを!!」
パタパタと走り出してきた赤城さんがまた奥へ引っ込んで慌ててタオルを持ってくる。
「どうされたんですか? こんなに濡れて。なにか着替えを……」
「いや、いいよ。僕の部屋に連れて行く。悪いけどなにか暖かい飲み物を用意してくれ」
「はい!」
赤城さんは、キッチンへ消えた。
私はタオルに包まれるようにして大道寺に抱えられたまま、部屋に入った。
前に一度入った寝室。
「これで拭いて。今、着替えを持ってくるから」
そう言って隣の部屋に消えて、すぐに戻ってくる。
「これに着替えて。女性ものなんてないから僕のものなんだけれど。僕は飲み物を持ってくるから」
涙が止まらない。
濡れた髪から床に雫が落ちた。
汚しちゃいけない。
私は慌てて大道寺が出してくれた服に着替える。
シャツもぶかぶか、ズボンも押さえていないと落ちてしまう。
それでも裾をまくってなんとか履いた。
コンコン。
「もういいかな。入りますよ?」
「はい」
大道寺がワゴンにお茶を乗せて入ってきた。
「脱いだものをここに入れるといい」
そう言って袋を渡してくれた。
私はその中に濡れた服を入れる。
「すみません。床、濡れてしまって」
「そんなことはどうでもいいですよ。まだ髪が濡れてますね。タオルを貸して」
ベッドの端に座らされて、髪を拭いてもらう。
顔を上げられない。
まだ涙が止まらないから。
ふわっと別のタオルが頭にかけられて抱きしめられた。
「先生、濡れちゃいます」
まだ髪が乾いてない。
「大丈夫ですよ……なんで君はこんなにボロボロになってしまうんです。僕には何もしてあげられないんですか?」
うっ、うっ……。
「こんなに冷えて、こんなに……」
背中に回された手が何度も優しく背中をなでていた。
触れる手がとても暖かい。
大道寺は何も言わず、しばらくそうしていてくれた。
落ち着いてくると自分がなんてバカなことをしているのか、理解できた。
「すみません。私、迷惑かけて……」
「謝らないで。僕は君がここに来てくれたことを嬉しく思っているんですよ。暖かいミルクです。飲んで温まったほうがいい」
手渡されたミルク。
甘くておいしかった。
また涙がにじんできて、堪える。
「なにか食べたほうがいいかな?」
私は首を振った。
「食欲はないですか。寒くないですか? 何かもっと着るものを……」
と隣の部屋に行こうとした大道寺を止めようと立ちあがって、1歩を踏み出した瞬間、思いっきり前に倒れてしまった。
「アリスくん!!」
あたたたっ。
「大丈夫ですか?」
起こされて……。
ぷっ、と吹き出した大道寺が必死で笑いを堪えているのがわかった。
や、やだ……ぷっ。
私まで笑い出してしまった。
あはははっ。
ははははっ。
「先生のズボン、大きいんだもん。裾、踏んじゃって……ははっ」
「そうですね。こんな華奢な体しているから、僕のでは。困りましたね。くっ」
笑いが止まらない。
「ちょっと待っていてください」
そう言って隣の部屋に行くと、スカーフを持って出てきた。
「これを使うといいでしょう」
渡されてそれをベルト通しに入れようとするけれど、なんだか手が震えて思うようにいかない。
「僕がしましょう。ちょっとシャツの裾を上げていてくれますか?」
「は、はい」
私はシャツの裾を持ち上げた。
ゆるゆるのズボンのベルト通しにスカーフをスルスルッと通して前でキュッと結ぶ。
「このくらいで大丈夫ですか?」
前に立膝になって、見上げてくる大道寺。
な、なんか顔が熱くなっちゃった。