no.134
******
あっという間に体育祭。
なんだかもやもやしたままで、すっきりしなかったけれど、それでも汗を流すと気分は少し軽くなる。
「参加するのもけっこー楽しいもんだ。なっ、アリス」
「そうだね」
「アリス、私達、また1位よぉ、ブイッ」
なんて言いながら沙耶が沖野を引っ張ってくる。
汗がきらきらしてる。
「おまえら、試合があるからってセーブするはずじゃなかったのかよ」
「いーえ、お兄ちゃん達には負けられないもんね。やるからには全力で、よ!」
「沙耶らしい」
「俺達も負けてらんねーな。ほらっ、アリス行くぞ」
「うん」
私達は思いっきり汗を流して楽しい1日を過ごした。
こうしていると嫌だった自分を吹き飛ばせそうだった。
体育祭が終わる頃には雲行きが怪しくなってきた。
「アリス、今日さ、俺、ちょっと担任に話しあるから、先帰ってろ。雨、来そうだしよ」
「うん」
私は先に家に帰った。
汗を掻いたからシャワーを浴びてさっぱりする。
台所に行くとママがもう食事の用意をしていた。
「今日は疲れたでしょ。スタミナつけなくちゃね」
「うん」
「腕を振るってがんばって作っちゃうわね。楽しみにしてて」
「ママってお料理好きだね」
「あなたたちが喜んで食べてくれるからよ。楽しいの」
本当に嬉しそうに微笑んで、ママはお料理の続きをした。
私は部屋に戻る。
本を読んでいるとママに呼ばれた。
「ごめ~ん。アリスちゃん、ちょっと買い物行ってもらえない?」
「なに?」
「ローリエ買ってきてほしいの。あると思ってたら切れてて。どうしても使いたいのよ。でも今、オーブン使ってるし、出られないから」
「いいよ。いつものお店のじゃなきゃダメなんでしょ」
「遠いけどいい?」
「いいよ。ママがせっかく作ってくれてるんだもんね。じゃ、行ってくる」
外は雨が降り出していた。
お天気のせいか、もう随分暗くなっていた。
「う~ん、天気が悪いときに出かけるのは嫌だなぁ。でもママもがんばってくれてるし。おいしいもの食べられるんだから」
ママがハーブ類を買うのは学校の近くの小さなお店。
専門店らしくいろいろ品揃えがいい。
もちろん物もいいらしい。
いつものローリエを買って、店を出た。
雨脚が随分強くなっていた。
風も出てきて傘を持つ手に力が入る。
近道して帰ろうと公園を横切ることにした。
街灯の下に人がいるのが目に入る。
こんな雨の中、何してるのかなと通りすぎようとして、凍りついた。
「あんたじゃなきゃだめなのよ!」
茜の声だった。
横に立っているのが基樹なんだとすぐにわかる。
後姿でも。
「またあの頃みたいに私を抱いてよ。今だって忘れてない。あんただってそうでしょ。忘れられるわけないんだから。愛してるのよ、今も!!」
……!!
茜は基樹の首に抱きつくようにしてキスした。
頭が真っ白になる。
喉の奥のほうが閉めつけられて痛い。
すーっと基樹から離れた茜が私に気付いた。
冷たい笑いを浮かべる。
そんな顔で見ないで、嫌だ。
「あんたにとって私は始めての女でしょ。私はそうじゃないけど、でもあんたほどの男にも出会えなかった。あんたを誰にも渡したくない!」
基樹を見て言っているのに、でも視線がチラッと私のほうに向くのがわかる。
基樹に言ってるんじゃない。
私に言ってるんだ。
「あんなお子様じゃ、物足りないはずよ。そうでしょ?」
基樹はなんで何も言わないの?
どうしてそこに立っているだけなの?
嫌だよ、こんなの!!
私が走り出した後ろで声がした。
「アリス!」
私がいたこと気付かれた。
「行かないで!!」
茜の声が耳に届いた。
私は走って走って……。
追いかけてくる茜の冷たい笑いから逃げたかった。