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ありす☆らぶ  作者: 湖森姫綺
133/156

no.133

「なんだか今日は元気がないね。どうかしたのかな?」

「えっ、いえ。あの、先生のアトリエ行きましょう? 絵が見たいです」


「そうだね」

 アトリエに行くと早速、挿絵を見せてくれた。

 ほとんど仕上っているらしい。


「この1枚、最後のシーンのところに入れるんだけれど、これがどうもうまくいかないんですよ」


 そう言って手渡された絵は、少女がにっこり笑って手を振っているところだった。

 森を抜けて探しに来たお父さんとお母さんに会えた場面らしい。


「もっと心から笑って欲しいんですよね……」


 とてもいい感じだとは思うのだけれど、これのどこが気に入らないのだろう。

 もっと完璧なものを求めているのかもしれない。


 童話の挿絵ひとつにこんな風に力を注いでいる大道寺を見て、改めて絵に対する情熱を感じた。


「もうひとつ君に見せたいものがあるんですよ。こちらに来てもらえるかな」

 アトリエを出て、洋館のほうに行く。


 二階の一室。

 左にダブルのベッド。


 窓が開けられて両サイドにレースのカーテンがふわりと風に揺れている。

 ベランダがちらちらと見えた。


 窓の前にキャンパスがある。

 白い布がかけられていてその布もヒラヒラと風に揺れていた。

 他になにもない。


 ここって寝室かな。

 なんかこういう部屋に通されるのはちょっと気が引ける。


「これを……」

 そう言って大道寺はキャンパスにかかった布を取る。


 な、なに、これ?


 風で靡く白いレースのカーテンの真中に少女が立って微笑んでいる。

 ウェーブのかかった長い髪。

 結んだリボンも風に靡いて。


 白いドレスも裾がふわりと……。

 まっすぐこっちを見ている少女……これって……。


 私はキャンパスの横に立っていた大道寺に視線を移した。


「そう、君ですよ。よく描けているでしょう。絵を見ていたときの君はとてもいい顔をしていましたよ。どうしてもそれを残しておきたくて……」


 これは私……。

 ふわっと風が入ってきてレースのカーテンが大きく持ち上げられた。


 掻き上げられた髪を押さえる。

 絵の中の少女と同じように。


 絵の中の私は本当に幸せそうに微笑んでいる。

 その瞳をまっすぐに私に向けてくる。


 そしてここにいる私はこんな風に微笑んでいない。

 心の中に不安が一杯で嫌な思いが一杯で……。


 なんで、こんな風に幸せそうに描いたりするの?

 私はこんなに……。

 涙が溢れ出した。


「どうしたのかな、アリスくん。あ、あの、なにか嫌だっただろうか……」

「わ、私……こんなに幸せに笑えない。……白いカーテンもドレスも似合ったりしない……」


 こんなに綺麗なものに囲まれるような綺麗な心なんか持ってない……。


 今、私の中に支配しているのは醜い心。

 絵を見て始めて知った。


 嫉妬してたんだ、茜って人に。

 私の知らない基樹を知ってるあの人に。

 怖いのはあの人じゃなく私の心。


「一体どうしたのかな……困ったな……」

「すみません、私……」


 そっと抱きしめられた。

 優しくそっと……。


「ごめん、僕が泣かせてしまったのかな?」

「違います!」


 私は慌てて否定した。


「違うんです。こんなに綺麗に描いてもらったら……私はこんなに綺麗じゃない。こんな風に笑えないんです。私はもっと……」

「君は綺麗だと思いますよ。僕にはこのキャンパスの中の君が見えた。僕にはこう見えたんですよ」


 暖かい青い瞳がまっすぐに見つめてくる。

 コロンの香りがした。

 私は慌てて腕の中から出た。


「すみません。私、泣いたりして……」

「い、いや。下に行きましょう。ハーブティーを入れますよ」


 私は大道寺の後ろについていった。

 応接間に入って待つ。


「どうぞ。これを飲むと落ち着きますよ」

 ティーカップを受け取る。

 大道寺は私の前に座ってまっすぐ私を見つめた。


「なにか辛いことでもあったんですか? さっきの女性のことかな?」

 私は答えられなかった。


「僕では相談に乗れないのかな。君がそんな風に悲しい目をしているのは辛いんだけれど」

 大道寺を見る。

 寂しげに視線を落としていた。


「すみません。私……」


「君は謝ってばかりですね。いいんですよ。心が不安定な時は泣きたくなるでしょう。泣くことはいけないことじゃない。涙をためているとそれにいつか溺れてしまいますよ。いや、なんだかこんな言い方をするのは恥ずかしいかな」


 大道寺は手で目を隠した。

 すらりと伸びた綺麗な指。


「いえ、先生って素敵です」

「やっと笑ってもらえたかな」


「えっ」

「泣きたいときは泣いていいと思うけれど、やはり君には笑っていてもらいたいな」


「は、はい」

 なんだか照れくさかった。

 ハーブティーがとてもいい香りで本当に落ち着いた。


「今日は無理を言って付き合ってもらってしまって、悪かったね。送りましょう」

「あの、私、一人で帰れますから。なんのお役にも立てなくてすみませんでした」


「いや、そんなことはないですよ。君に会えたことでまたひとつ君のことを知ることができたように思います。駅まで送りましょう」


 駅まで二人で歩く。

 この辺りは静かな住宅街だった。

 公園もあって、子供達が遊んでいる。


「この世の中には沢山の人がいますね」

 大道寺が突然話し出した。


「沢山の人がいて、でも出会えるのはほんの一握りの人達です。僕と君もそう。そして出会えたことには意味があると思うんですよ。もし君がなにか辛い思いをしているなら、僕は君の力になりたい。そうすることが出会えた意味なんじゃないかと思うんです。勝手なことを言うようだけれど」


 本当に優しい人なのだと思えた。

「ありがとうございます。私も先生に出会えてとてもよかったと思ってます」


「またいらっしゃい。僕はあまり出かけることがないから、ほとんど家にいますよ。なにも話さなくても……君が泣きたいとき……ひとりで泣かないでほしいから。ほんの少しでも笑顔を取り戻してあげられる力が僕にあると信じたいんですよ」


「先生は優しいんですね」


「いや、そうでもないですよ。それじゃ、気をつけて。できたら家についたら電話をもらえると安心できるかな。無理にとは言いませんが」


 そう言って名刺を渡された。

「今日は本当にありがとうございました」


 私は深く頭を下げて駅に入って行った。


 優しいから甘えてしまいそうになる。

 でも今の状況を説明するには勇気がいった。

 無関係の大道寺を巻き込むのも気が引けた。


 でも誰かに話したいという衝動にも駆られる。

 今までずっと私のこんな心を支えてくれたのは基樹だった。

 でも今回のことは基樹に話せるものじゃない。

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