no.130
******
翌日、学校が終わるとすぐに出版社へ行った。
「こんにちはぁ」
「アリスちゃん、いらっしゃ~い」
「こんにちは、金倉さん」
「あらっ、今日は一人?」
「はい」
驚いてる。
いつも一緒だったもんね、基樹と。
「珍しいのね」
「勉強の邪魔したくないし」
「あっ、彼、医学部受けるんだっけ?」
「はい」
話をしながら金倉は出かける用意をしていた。
「さて、じゃ、行きましょうか」
「えっ?」
「大道寺先生のところよ。あなたを連れてくるように言われたの。編集長~っ、出かけてきますね!」
奥の机に向かって言うと金倉はカバンを掴んで私を促した。
******
ドバ~ンと目の前に建つ立派な洋館は……。
「ここが大道寺先生のお宅よ」
「な、なんだかすごいですね」
「もともとこの辺の大地主なのよ。今はご両親もいらっしゃらなくて先生お一人なんだけど、マンションとかアパートからの収入もかなりのものらしいわ。だからのんびり絵が描けるのよ」
遊んでる人なのかなぁ、もしかして。
ちょっと不安になった。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
「こんにちは、赤城さん。先生は?」
「はい。お二人がいらしたら応接間のほうにお通しするように言われてます」
「じゃ、そちらに行くわ」
「旦那様、お呼びします」
「お願いね」
汚れ一つない壁、置かれた調度品、アンティーク調の布張りのソファ。
きらきら光るグラスが入っている棚。
完璧すぎてため息が出る。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。先生、優しい方だから」
それ以前の問題だったりするんだけど……。
「やぁ、待っていましたよ」
そう言いながら入ってきたのは髪は長めで青い瞳をしている男性だった。
この人が大道寺隼人……。
全然想像していた人と違う。
まず若い!
まだ20代?
私がじっと見つめていると相手も私をじっと見つめたまま、何も言わない。
青く澄んだ瞳に見つめられて、ドキドキしてきてしまった。
「いやだ、先生もアリスちゃんもどうしちゃったの?」
「へっ?」
「あっ、いや、すまないね。こんな若い方とは知らなかったから」
「先生ったらいつも作品を描いた人のプロフィールって見ないから。最年少受賞者なんですよ。高校2年生。宮川アリスさんです」
「はじめまして、アリスくん」
「は、はじめまして。先生にお会いできるなんて、とても嬉しいです。それに絵も描いていただけるなんて……」
私はもう上がりまくっていた。
透き通るような声、目の前にいる人が動いているのが不思議なくらい綺麗な顔立ちをしている。
まるで作り物のような……。
「金倉さんもいじわるですね。こんなかわいらしいお嬢さんならそうと言ってくれればいいのに」
「失礼します。お茶をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
私はティーカップを目の前に置かれて会釈する。
ピピピピッ。
「あっ、失礼します」
金倉はカバンの中から携帯を取り出すと、部屋を出ていった。
「高校2年ですか。学校は楽しいですか?」
「はい」
「そうですか。学校が楽しくなくてはね。大半の時間をそこで過ごすわけだから。ところで君は将来どうするんだい?」
将来?
「今回、本が出版されますね? これからも書いていくのかな?」
「あの、私、まだわかりません」
「僕は書き続けてもらいたいと思うよ。今回の作品、とても気に入ってるんです。あの少女の視線、心の動き、優しく見守る動物たち、目に浮かぶようですね。なかなかないんですよ。文章を読んでいながらそれが絵として目に見えるものというのは」
まっすぐ見つめて話してくる。
青い瞳に吸いこまれそう。
「君が描く世界と僕の描く世界の波長が合うというのかなぁ」
金倉が戻ってきた。
「あの、すみません。ちょっと急用で社に戻らないとならないんです。アリスちゃん……」
「あっ、彼女なら大丈夫ですよ。僕が遅くならないように送りましょう」
「えっ、でも先生……?」
「心配はいりませんよ。それにせっかく来ていただいたのにまだ絵を見てもらっていないんですよ」
「そ、そうですね……じゃ、アリスちゃん」
「あっ、金倉さん……」
私は金倉さんを追って、部屋を出た。
「悪いわね。ひとりで置いていっちゃって。でも先生があんな風に言うのって始めてよ。よほど気に入られたのね。しっかりお話聞いて、これからの肥やしにしなくちゃね」
そう言って金倉は帰っていってしまった。
置いて行かれちゃったよぉ。
一人はちょっと緊張するかも。