no.125
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翌日学校に行くと沙耶が飛んできた。
「アリス、昨日、どうだった?」
「うん、もうドキドキだったよぉ。めちゃくちゃ場違いって感じだったし。でも失敗もなくなんとか無事にね、終わった」
「そっかぁ。でもホントすごいよ。アリスの書いた話が本になっちゃうんだねぇ。あっ、そうだ。お土産ありがとうね。可愛いお財布。大切に使うね」
「うん!」
「それにしてもめまぐるしいね。新婚旅行から帰ってきたらすぐ授賞式だもんね」
「今度は出版の準備で色々あるみたい。今週中に金倉さんのところに行かなくちゃならないの」
「ふ~ん。でもそれで本になるんだからね。私、絶対買っちゃう! 宣伝もしちゃうよ」
「やめてよ、沙耶。恥ずかしいから」
「だ~め。もう恥ずかしいなんて言ってられないのよ。これで童話作家なんだからね」
「童話作家って、ちょっと待ってよ。そんなんじゃないんだから」
「夢は大きくだよ、アリス!」
夢は大きくって言われても。
これが私の夢なのかな。
なんだかあれ、あれって感じで気持ちが追いついていかない。
嬉しいんだけど。
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その日の夜、金倉から電話があった。
『ごめんなさいね。明日来てもらいたいの。いいもの見せてあげるから、ね』
だって。
「なんだろうな、いいものって」
「う~ん、なんだろう?」
そんなわけで、翌日学校が終わってから基樹と一緒に出版社へ行くことになった。
でもその前に寄りたいところがある。
大切な用事。
二人で一緒に。
「これで本当の夫婦ってわけだな」
「うん!」
「今日から宮川アリスだぞ」
「えへへっ、なんかくすぐったい感じ」
私達は区役所にいた。
ちょっと恥ずかしい感じ。
でも幸せ。
婚姻届をカウンターに出す。
係りの人は事務的だったけれど、私達にとって記念すべき日になった。
区役所を後にして、出版社へ行った。
「アリスちゃん、いらっしゃい。あら、今日も彼ご同伴? さては一人じゃ嫌だぁとか言って着いてきてもらったのね」
あははっ、バレバレだぁ。
区役所に一緒に行くのは決まっていたけれど、出版社は私が一緒に着いていってって頼んだのだ。
「さぁ、こっちに座って」
たくさんの机が並んだ横に、衝立で仕切られた奥にソファセットがあった。
そちらに案内される。
コーヒーを出されて会釈して。
金倉さんが封筒をいくつか持ってきた。
それをテーブルに置く。
「この中からあなたの気に入った絵を選んでほしいの」
そう言って封筒から出されたのは、5枚の絵だった。
3枚はかわいい漫画っぽいイラスト。
色も鮮やかで似た感じ。
1枚は鉛筆で描かれたもので写実的。
最後に出された1枚。
私はそれに釘付けになった。
ウェーブかかった髪の少女の後姿、大きな木の下にちょこんと立つうさぎ。
うさぎの手には青い玉が……。
透明感があって、まるで本当にそこに少女とうさぎがいるみたいで、吸いこまれそう。
「どれがいい? 正直に答えて」
「これ……です」
私は目を引いた1枚を指差した。
「やっぱりね。じゃ、これで決まり。あなたの童話の挿絵になるのよ。これは表紙。この絵を描いた大道寺先生はね、いつもはすっごく時間がかかるのよ。だから普通時間をかけて作成する本の時しか頼まないの。でも今回、先生のほうから申し出があって、描いてもらったのよ。しかもあっという間に描きあげてくれたわ」
大道寺先生……知ってる。
私の持ってる童話にもこの先生が描いたものがあった。
そんな有名な先生の絵が私の本の挿絵になるの?
「1枚に半年くらいかかるときもあるのよぉ。でも余程気に入ったのね。あなたのお話。集中して描くからやらせてくれって言われたのよ。私も大道寺先生の絵は好きだし、あなたも気に入ると思って」
「はい。素敵です。夢みたい」
「でしょ? すごいことなのよぉ。私も力入っちゃう。じゃ、大道寺先生にお願いするってことで決まりね。話のほうなんだけど、対象年齢に合わせて言葉なんかもひらがなにしたり、こちらで修正していくわね。また修正が終わったら確認のために見て欲しいの。その時は連絡するわ」
「ありがとうございます」
それにしても今日の金倉さん、パーティーのときとは雰囲気が全然違う。
ジーンズにシャツ。
飾り気もない。
やっぱり仕事のときはこういうのなんだぁ。
「それにしてもいつも一緒なの?」
「えっ?」
「彼と……」
「あっ、はい」
「やだぁ、そんなにはっきりと。でもいいわね、若いって」
基樹が横で前髪を掻きあげた。
「ペンネームは宮川アリスちゃんでOKかしら? 出版するとこの名前で出まわるわけだから、学校とかで問題にならない?」
「大丈夫です。問題ありません」
基樹がすかさず答えた。
そんなはっきりと……。
「もしかしてもうあなた達が付き合ってるのはみ~んな知ってるとか?」
「学校公認です」
「あらら、そうなの。それじゃ、全然問題なしってことね」
私は二人の話を聞いていて恥ずかしくなってしまった。
学校での二人のこととか、デートは?
なんて話までして、やっと開放されたのは外がすっかり暗くなってからだった。
金倉さんっておしゃべり好きなんだなぁ。
楽しい人。