no.121
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パパもママもツアーのほうがいいんじゃないかって言ったけど、私達は二人きりの旅行を選んだ。
二人で旅行雑誌でしっかり下調べしたもんね。
行きたいところに行って、泊まりたいところに泊まりたいから。
「眠ってけよ。じゃないと向こうに着いてから疲れるぞ」
「うん。でも寝れない……」
飛行機って結構すごい音がするんだなぁ。
実感。
でも音で眠れないっていうんじゃない。
なんだか眠ってしまうのがもったいないんだよね。
すべてを焼き付けておきたいんだ。
心に。
「足は大丈夫か?」
「うん。私、気がつかなかった。基樹、よくわかったね」
「んなの、あったりめーだ。もう大丈夫なのかよ」
「うん。スニーカーに履き替えたら楽」
小さな窓から外を見る。
真っ暗だ。
でもよく見ていると下のほうに小さな明かりが見えたりする。
「ねぇ、海の上だよね」
「だろ」
「なんだろうなぁ、あの光……」
「ん?」
基樹が横から覗く。
「さぁな」
そう言って頬にキスする。
「早く着かないかな。そしたら思いっきりキスしてぇ」
「ばっか」
「俺、寝るから」
「うん、お休み」
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シドニーからケアンズに飛んで、そこからまたリザード島へ。
ちょっと移動でくたくた。
でも予約したヴィラはとっても素敵なところだった。
水色で統一された部屋はとっても落ち着いていて、窓を開けると気持ちいい風が入ってくる。
前の庭を行けばすぐ砂浜があって、海。
透き通る青。
海の色ってこんなに綺麗なんだって始めて知った。
ウッドテラスで夕陽を見る。
ゆっくりと時間が止まってしまったように思えた。
風がふわっと髪を持ち上げた。
それを基樹が押さえて、そのまま抱きしめられる。
「風が冷たくなってきたな。中に入ろう」
「うん、もう少しみてたい。きれいな夕陽」
「風邪引くぞ」
「大丈夫」
「夏だったらよかったんだけどな。海にも入れたろうし」
「ううん。秋でよかった。静かだし」
日本は春だから、こちらは秋なのだ。
「それもそうか」
冷たい風がまた吹き抜けた。
「そろそろ入ろう。また明日、見れるから、な」
毎日、そんな感じで夕陽を見た。
二人だけでゆっくり時間を過ごしたいって思って、ここを選んだ。
旅行会社に予約を取ってもらうのにそれを条件にして選んでもらったのだ。
夏なら満室で多分取れなかったと言われた。
今の時期でもまだ難しいと言われたけれど、なんとか空きがあって予約で来た。
お陰で本当に二人きりの時間を満喫できたと思う。
波の音だけしか聞こえない。
テレビもラジオもない。
静かな二人だけの時間。
それでも5日間はあっという間に過ぎて、島を離れるのは寂しかった。
友達みたいになれたスタッフの人と別れるのも寂しくて。
「また違った季節に来てください。いろんな風景のここを見ていただきたい」
そう言ってもらえて泣きながらさよならした。
シドニーまで戻って、今度はしゃれたホテル。
その日の夜は旅行会社で予約してもらったオプション。
ホテルのロビーで待っていると、迎えが来た。
なんと外に出てみれば薄いピンクのリムジンが。
本当に間違いないのかなって感じだった。
「こんなすごいなんて知らなかったな」
基樹もびっくりしていた。
「本当にシンデレラになった気分。馬車じゃないけど」
「そうだな。正装もしてるし」
レストランに行って食事をしたあと、カジノに行った。
私達はお金を掛けるわけじゃく、楽しんでいる人達を見るといった感じで。
それでもカジノの雰囲気を目一杯感じて、ホテルに戻った。
翌日は買い物。
どうしても行きたかったロックスの小さなお店に行ってドールを買う。
「また部屋に増えるな」
「うん。本当はママの趣味なんだけど、ドールは何かの記念にって買ってくれてるものだから。ここでも買いたかったの。これはハネムーンの記念」
緑色のベルベットのドレスを着たドール。
70センチくらいある結構大きなものだった。
それを持って一度ホテルに戻り、また外に。
ハンバーガーを食べて、お土産を買って。
散歩して。
ほんとうに夢のような数日。
「もう明日帰るんだね。なんだかつまんないなぁ」
ベッドの中に入って言った。
「そうだな。でもそろそろ家が恋しくなってきたんじゃない?」
そう言われるとそうかもしれない。
ママの作ったお料理が食べたい。
沙耶たち、どうしてるかな。
休みにたくさんデートできたかな?
「帰ったら、二人で区役所行こうな」
「うん」
新しい生活が待ってる。
きっとそんなに変化はないかもしれない。
でもやっぱり二人での出発なんだから。




