no.115
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翌日、沙耶に結婚を決めたことを報告。
「やったね、アリス。とうとう結婚かぁ。羨ましい。これで心置きなくお兄ちゃんとベタベタできるよぉ。っていうか、もうベタベタだけどねぇ~」
「な、なによ、それ」
「だってそうじゃない?」
「えっ、ま、そりゃ……」
「このぉ、幸せ者!」
「えへへっ」
「ね、ところでアリスって童話好きだったよね」
「うん」
「いいもの見つけたの。はい、これ」
そう言って新聞を出した。
なに?
「ちょっとここ見て」
沙耶が指した記事を見る。
『童話大賞 作品募集』
なんだろう、これ。
「アリス、読むだけじゃなくて書いてみたら?」
「えっ?」
「いいと思うんだなぁ。アリスの感性。だからね、書いてみたらいいもの書けるんじゃないかなって」
「で、でもね……」
そんなこと急に言われても……。
「これ、あげるからやってみなよ、ね」
なんか半ば強引に新聞を押しつけられた。
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学校から帰ってきて、机に沙耶からもらった新聞を出す。
締め切りは3月15日かぁ。
あんまり日がない。
こんなの書けるのかな、私に。
でも自分が書いた童話が本になったらなんだかすごく嬉しい。
小さな子供がそれを広げてワクワクして読んでいる姿を思い浮かべて、にゃははっ。
「アリス、お母さんがおいしいケーキあるから食べるかって」
ドアの向こうで宮川の声がした。
「う~ん、今はちょっと……」
「食べないのか?」
「食べたいけど……」
ケーキは食べたいけど、今はこれちょっと考えたいし……。
「勉強してんのか。んじゃ、貰ってきてやるよ」
べ、勉強はしてないけど……。
声が聞こえなくなって、また視線は新聞の記事に……。
原稿用紙30枚かぁ。
どのくらいのお話になるんだろう。
ワクワクしてあったかいお話がいいよねぇ。
もう頭の中でどんどん先に行っちゃう。
「おい、もらってきたぞ」
そう言って宮川がケーキと紅茶を持って入ってきた。
机にそれを置いて、私の手元を覗きこむ。
「なに新聞なんて見てんだ?」
「えっ、あのね。沙耶がこれやってみたらって」
「うん?」
宮川は私が指した記事に目を通す。
「いいんじゃないか。おまえ童話好きだし。書いてみろよ」
「でもね、私なんかに書けるかな」
「書いてみるだけ書いてみればいーんじゃねーの。そんなに難しく考えないで、やってみる。その結果がどうあれ、やってみなけりゃ始まらない。だろ?」
「そうだね。やってみなくちゃわからないよね」
「そういうこと。ケーキ、食べろよ」
「うん。いっただきま~す」
ぱくっと口に入れる。
甘い~。
ふわふわぁ~。
とろけるよぉ。
「おいしっ」
「ほれ、おまえってほんと食い方ヘタだな」
そう言いながら口の端を指で触れられた。
宮川は指でぬぐったクリームをぺろりと舐める。
「やだぁ、先輩は自分の食べてよ」
「これが一番うまいんだよ」
なんのことやら……。
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それから私は童話を書き始めた。
頭の中にはどんどん話が流れていた。
森に迷い込んだ女の子。
ひとりで怖くてどうしていいのかわからずに泣いていると話しかけてくる声。
リスだった。
暗くなって寒くて怖いと女の子が泣くとリスは小さな石をくれる。
あったかくなれる石だよと。
リスにさよならしてまた歩き出すと今度は……と言った具合に女の子は次々と動物に会い、そのたびに不思議な石をもらう。
なんだか書き出したら止まらない。
森を歩く女の子になれた気がして、楽しくて仕方ない。
毎日学校から帰ってくると部屋に閉じこもって書いていた。
書きあがったものを何度も読みなおして間違いを直したり、一番大変だったのは30枚という規定。
その中にお話を入れるのはなかなか難しいのだと思えた。
それでも締め切りまでには仕上がって。
「先輩、できた、できたよぉ~」
宮川の部屋に原稿を持って飛びこむ。
本を読んでいた宮川は目を丸くしていた。
飛びついてしまう。
「書けちゃった。できちゃった」
「どれ、見せてみろよ」
えっ、やだ。
恥ずかしい。
私は慌てて原稿を後ろに回した。
「だめ」
「なんでだよ」
恥ずかしいって答えたら、きっと絶対取られる。
「あとでのお楽しみってことで……えへへっ」
慌てて自分の部屋に戻り、宛先を書いた封筒に原稿を入れた。
封をする。
「とうとう書いちゃった。あとは出すだけだよね」
翌日の朝、それはポストの中に入れられた。
「がんばったな」
ポストを前に立ち止まっていると宮川に言われた。
「うん。でも書いたってだけだから」
「結果はどうあれ、書いたんだ。やったっていう事実は消えないよ」
「うん」
なんだかすっきりした気分だった。
「これで将来の夢、決まっちまったりしてな」
「えっ?」
「童話作家なんつってよー」
「やだ、まさかぁ」
そんな簡単にいかないよ。