no.112
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3月に入ると少しずつ空気も暖かくなりだしたように思えた。
久々にパパも交えて夕食を食べた。
食べ終わるとパパは宮川をリビングに呼んだ。
「もう進路決めたんだろう?」
「はい。2月中に提出でしたから」
「君は進路は?」
「一応、特進クラスになると思います」
「ほぉ。まぁ、成績はいいようだからね。それで大学はどこにするんだい」
ママに渡されたコーヒーをリビングに運ぶ。
「聖桜の医学部受けるつもりです」
「じゃ、医者になるのかな?」
「はい」
まっすぐ答える宮川。
着々と夢に向かってるんだね。
「医者は結構覚悟いると思うけどね」
「わかってます」
「どうして医者になろうと思ったんだい?」
「母を見てましたから、その時に少し。その後は特に考えてなかったんですけど」
「少し思っただけでなれるもんかな?」
「いえ、それだけじゃなくて……」
宮川はコーヒーを置いた私をチラッと見た。
なに?
「いやぁ、あの、こういうこと言うの恥ずかしいんですけど、アリスが痛いって泣き喚くの見てて」
「はぁ~?」
私は思わず声に出してしまった。
「病気や怪我をした患者は皆、怖いはずだって。ただ口に出して言うか言わないかで。それに患者の家族も結構大変で。そういう思いを知ってて、助けられる医者になりたいって思ったんです」
「なるほどな」
なんか私の方が恥ずかしいんだけど……。
「まぁ、成績から言えば問題ないと思うが、立ち入ったことを聞くが、学費はどうする?」
「今まで母が残してくれた生命保険を学費とか生活費にしてきました。でもそれもそんなに残ってないし、これからバイトもしなくちゃなりません」
「勉強して、バイトもしてじゃ、かなりきついだろう」
「それでも医者になりたいんです。決めたから」
そっか。
そういう問題もあったんだ。
医学部ってとっても学費がかかるんだよね。
そうなると半端なバイトじゃ間に合わないね。
二人でいる時間が減るんだ。
それでも先輩が決めたことなら私は我儘は言わない。
「時間がなくなるな、アリスと過ごす……」
パパがコーヒーを啜りながら、ちらりと私に視線を送った。
「平気だよ。私、先輩の応援する」
「そんな簡単に言うもんじゃない」
「えっ?」
「宮川君はどう考えてるのかな?」
「わかってます。バイトは夏休みだけじゃ、ダメですから、普段もすることになります。それに勉強だってしなくちゃならなくなる。でもできる限りアリスと一緒にいてやりたいと思ってます」
「自信はあるか」
宮川が一瞬躊躇った。
そうだよね。
もし毎日バイトして帰ってきて、それから勉強して……。
そんな生活になったらどんなにがんばったって、ゆっくり二人でいる時間なんて取れない。
がんばってもそれは無理なんだ。
「父親からの援助を受けるつもりもないようだな」
「それは……」
宮川は視線を落とした。
まだそんなに簡単に吹っ切れないよね。
私は宮川の横に座った。
ママも来て、パパの横に座る。
「君は誕生日はいつだったかな?」
いきなりパパが話題を変えてきた。
「えっ、あ、5月です」
「そうか。次の誕生日で18になるんだな」
「……はい」
誕生日がどうしたんだろう。
「ひとつ聞きたいんだが」
「なんでしょう」
「ここに来て数ヶ月経った。君がアリスを一生守るという気持ちは今も変わらないかい?」
「もちろんです」
「それじゃ、提案だ。結婚したらどうだろう」
「えっ?」
「へっ?」
私と宮川はパパに視線が釘付けになった。
何を突然言い出すんだろう。
「唐突で悪いんだけれどね、君に本当の家族になってもらいたい。私達の息子にね。そしたら親の私達が援助するのは当たり前だろう?」
なんかこじつけのような……。
「いや、でも僕としてはアリスと結婚するのは一人前の医者になってからって……」
「男としてのけじめってやつか。それもわからんでもないんだが……」
「パパ、勝手に決めないで。そういうことは私達が決めることでしょ」
宮川が困っているのはわかった。
いきなりそんな話をされても、まだ進路を決めたばかりなのに。