no.11
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「アリス、お疲れ様」
振り向くと大里が立っていた。
「お疲れ様でした」
「残念だったね。競技参加できなくて」
「いいえ、私はこういうの苦手だから。それにこっちの仕事も楽しかったし。あれ、川上先輩は?」
「うん、暑くて気分悪いって言うから、あれ」
大里が指差したほうを見ると、テントの隅でタオルを頭に乗せた川上が椅子に座っていた。
「大丈夫ですか?」
「うん。濡れタオル乗せてやったら、気持ちいいって言ってたから」
大里の川上を見つめる瞳が澄んでいるのに気が付いた。
最初、女を追ってって感じで嫌だなって思ったこと悪かったな。
純粋に好きという気持ちなんだよね。
そういうの、嫌だって思っちゃいけないんだね。
私は今回の体育祭でそれを知らされた。
目の前に並んでいるみんながすべて楽しかったなんて思わない。
でもたくさんの人が楽しかったはず。
少なくとも何組かは、この体育祭をいい思い出になったと思ってくれたはず。
よかった。
ほんとうによかった。
「疲れただろ、一人で全部計算して」
黙り込んでしまった私に大里は言った。
「いいえ、本当に楽しかったです。こういうのいいですね、先輩」
「そうだよね。なかなかこんな破天荒なことする学校もないだろうね。忘れないだろうな、今日のこと」
「はい」
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体育祭が終わって、後片付けをして学校を出た頃は、もうすっかり暗くなってしまっていた。
「おーいっ、男どもはちゃんと女を送れよ!」
宮川が叫ぶ。
実行委員の人達も大笑いしながら、それぞれ帰っていった。
「アリス、送るよ」
「大丈夫です、ひとりで」
「方向違うわけじゃないし、それに一緒に帰りたいんだから。まっ、いいだろ?」
……。
「楽しかったな、今日」
「はい……う、うん」
「おまえ、まだ慣れないのか、返事」
「そんな簡単に変われません」
「そだな、まっ、少しずつ」
宮川は先生がコケただの、誰と誰がペアで楽しそうにしていたのは意外だったとか、結局私の家に着くまで話していた。
「寄っていきますか? ママがまた連れて来てって、毎日うるさいから」
「じゃ、お邪魔する」
多分、このまま帰っても、誰もいない家で話す相手もいないんだろうな。
だったら話を聞きたがってるママと話してもらうほうがいいだろうし。
私が話さなくてすんじゃうもんね。
「きゃぁ、また来てくれたのね。嬉しいわ。さっ、あがって。疲れたでしょ」
ママは大喜び。
「またお邪魔します」
「部屋に行っててね、今、冷たいもの持っていくわ」
……ってママ、今日はリビングでいいよぉ……と言いたかったけど、すでに遅し。
まっいいか。もうあの部屋、見られちゃったし。
でも部屋に入って、やっぱりリビングにすればよかったって思った。
汗ばんだ背中が気持ち悪い。
「テ、テーブル出しますね」
「あっ、俺やるよ」
宮川はリュックを置くとコーナーテーブルをまた部屋の中央に置いた。
「これでいいか」
「はい……う、うん」
あははははっ。
笑われた。
やだなぁ、なんか緊張しちゃってまた返事の言いなおし。
「は~い、アイスコーヒー持ってきましたわよぉ」
明るい声でママが入ってきた。
「楽しそうね。今日はどうだったの?」
「もちろんすっごい楽しんできましたよ。みんな最高の体育祭になったと思います!」
「そうなのぉ。いいわねぇ。学校の思い出ってね、一番高校の頃が多いものよ。その高校で楽しい時間が多ければ多いほど素敵よね」
「そうですよね。絶対楽しまなきゃ損ですよ!」
「そうそう」
本当に気の合う二人だ。
さて、顔だけでも洗ってこようっと。
「どうしたの、アリスちゃん」
「えっ、ちょっと顔、洗ってこようかなと思って」
「まあ、そうね。汗掻いたでしょ。シャワー浴びてきちゃいなさいよ。ママ、食事の用意しといてあげるわ。宮川君、今日も食事していってくれるんでしょ?」
「あっいや、それは悪いですから」
「いいのよ。それに今日体力使ったでしょ。その分、ちゃんと栄養とらなくちゃね。さっ、アリスちゃんはシャワー浴びてきましょ」
「う、うん」
ママと二人で部屋を出た。
「なにがいいかしらね。宮川君の好きなものって知ってる、アリスちゃん」
「知らないよ、そんなの。ママ、あんまり強引にしないでよ。宮川先輩困ってるでしょ」
「でも一人じゃ寂しいわ。楽しいことがあったときは話したいものよ。あっ、アリスちゃん、着替え出しといてあげるから、ちゃんと汗流してきなさいよ」
「はいはい」
ママの強引さにも参っちゃう。
でもママも同じこと考えてるんだ。
すごく楽しかったのに家に帰ったらひとりきりだったら、楽しかったこと話せないんだもんね。
寂しいよ。
ずっと今までそうだったのかな、宮川先輩……。