no.103
宮川は立って本棚の一番下からアルバムを出してきた。
それを私に手渡す。
先輩のアルバム……。
「見ていいの?」
「ああ」
私は最初を開く。
『命名 基樹』
立派な字で書かれていた。
赤ちゃんだった宮川がいた。
ちゃんとお父さんとお母さんと一緒に写っている写真。
普通、離婚とかしちゃうと片親の写真とかしか残ってないっていうけど、ちゃんと二人が写ってる。
しかも幸せそうな……。
「ヘンだろ。産まれたときからの写真、全部ちゃんととってあるんだ。お袋と二人になってからのは少ないんだけどさ。その前の写真は結構ある」
本当に毎日撮ってたんじゃないかって思うほどたくさんあった。
七五三・入学式……ちゃんとお父さんとお母さんが一緒だね。
小さな沙耶もいる。
こんな風に幸せだったのに、どうして……。
お母さんが一人で写っている写真が一枚張られずに挟まっていた。
それを手にとってみる。
肩より少し長めの艶のある髪。
優しい目元。
とっても綺麗。
さすが先輩のお母さん。
「きれいな人だね」
フェミニンな花柄のワンピースがよく似合ってて、優しそう。
そのあと、しばらく写真を見ながら、運動会の写真だの、なんの写真だのと話した。
アルバムを閉じた。
先輩の子供の頃。
小学校に入ってからはお父さんが写った写真は入っていなかった。
中学の写真はない。
私のアルバムには写真がたくさんある。
パパやママが可愛げのない私でもせっせと撮っていたから。
なのに……。
涙が出そうになってアルバムを先輩に返す。
「ありがとう、先輩」
「いや……これ、おまえにやる」
そう言って、さっき見たお母さんの写真を差し出した。
「でも、これ大切なお母さんの写真でしょ?」
「だから、やる」
いいのかな、でも先輩のお母さん。
会うことができなかった。
会ってたくさん先輩のこと聞きたかった。
この写真でいいから、話しよう。
私は頷いて写真をもらうことにした。
お母さんが生きていたら、こんな状況にならなかったかな。
沙耶だって、色々相談できたかもしれない。
先輩も……。
私なんか何もできなくて……。
なんで死んじゃったの……。
「私……何もしてあげられない。沙耶にも先輩にも……」
「沙耶はこうして世話になってんだろ。沙耶が行くところなくて、一番におまえのところに来たんだ。それでいいじゃないか」
「うん。でも先輩には何もしてあげられない」
「俺はこんなこと、なんとも思っちゃいねーよ。寝るぞ」
そう言ってベッドに入ってしまった。
私は電気を消してくると戻ろうとして躓く。
「いちちっ」
「ブァーカ、気をつけろっ」
そう言いながらベッドの明かりを着けてくれた。
「ほれっ、おまえもさっさと入って寝ろ」
「うん」
宮川の持ち上げてくれた布団の中に滑り込む。
枕元の明かりに照らし出された宮川の顔がひどく寂しく見えた。
なんともないわけないじゃない。
平気なわけないじゃない。
私はそっと宮川にキスした。
「早く傷ついた心が元気になりますように……」
そう言ってもう一度キスする。
「おやすみなさい」
布団に頭までもぐりこむ。
思わずやっておいてやっぱり恥ずかしい。
「ありがとっ、アリス。もう治った」
んなわけないでしょー、まったく。
調子いいんだから。
こっちがこんなに悲しくなってるのに……。
「でももうちょっとしてもらいてー」
「調子に乗らないの」
顔を出したところを上から押さえられた。
宮川の顔が近づく。
「先輩、ダメだよ。沙耶が隣にいる」
「挑発したの、おまえだろ」
「そーじゃないよ、だめだってば」
額にキスされる。
「わかってるよ、キスだけ。でも名前読んで欲しい」
頬に……。
「名前、読んで」
「……基樹……」
「もうとまんねー」
「ばっ、ばっ、ちょっと……」
既にパジャマのボタン外し始めてる。
「ちょっと……だ、め……」
体が熱くなって……でも、今日……。
「わかってるから。上だけ……だから……」
パジャマの上を脱がされて、宮川も上、裸になっちゃった。
キスが続いて、やっぱりヘンになりそう。
抱きしめられた。
「こうして寝たい」
「わかった。でも早く起きてね。バレるのやだよ」
「うん、アリス、愛してる」
「私も基樹……」
二人、抱きしめあって眠った。
やっぱり肌って気持ちいいね。
私には何もできない。
ただ側にいてあげるだけ。
抱きしめてあげるだけ……それだけしか……。