no.101
玄関まで来て足が止まった。
「アリス……」
気がついて宮川が振りかえる。
「このまま帰ったら沙耶がかわいそう」
「アリス、大丈夫だよ。私は……」
「でも……」
「お兄ちゃん、アリスを連れて帰って。これ以上うちのごたごたに巻きこみたくない」
「沙耶……」
「行こう、アリス」
結局、宮川に無理やり連れ出されてしまった。
何も話さないまま、家に戻ってしまったけれど、沙耶のことが気になって仕方なかった。
宮川は自分の部屋に入ったままだった。
私も自分の部屋でうろうろ。
とてもじゃないけど、落ち着いてなんていられない。
でも、私が口を出すことでもないのかもしれない。
どうしていいのかわからなくて涙が出てきた。
いつもいつも沙耶に助けてもらってた。
なのに私は何もできないの?
沖野君に電話してみようかな……。
でも……。
落ち着かなくてコーヒーでも飲もうかと下に下りたときだった。
玄関の外に誰か立っている気配がして……。
もしかして沙耶?
そんな気がして慌ててドアを開けた。
そこには涙をぽろぽろ流して沙耶が立っていた。
「沙耶!」
抱きしめてしまった。
「アリス……ごめんなさい……アリス。巻きこみたくないなんて言ったのにどこにも行くとこ、なく……て……」
「謝んないでよ。私、沙耶のことが気になって、落ち着かなくて、一人じゃ嫌だったの。沙耶が来てくれてよかったんだから」
「ごめん、ごめんね……」
「上がろう、ね」
私は沙耶を部屋に連れていった。
コーヒーを持って部屋に戻る。
「ごめんね、本当に……」
「もういいよ。謝るのやめにしよう。私だっていつも沙耶に助けてもらってる。だから」
「うん」
コーヒーを飲んで落ち着いたところで沙耶が話し始めた。
「あの後、パパと話したの。でも結局喧嘩になっちゃって。出ていけって言われて、そのまま出てきちゃった」
「あんなわからずやのパパ、ほっときなよ。うちにいればいいよ、ね」
ピンポ~ン。
あっ、誰か来た。
ママが出てすぐに呼ばれた。
「アリスちゃ~ん、沖野君よぉ~」
パタパタと降りていくと息を切らせて立っている沖野。
「ごめん、アリス。沙耶、来てるか? 家に電話したらいないっていうから」
「うん。いる。上がって」
「すまない」
沖野君を連れて部屋に戻る。
「沙耶……」
「沖野君……ごめんなさい。私……」
「いいよ、とにかくこれからどうするか考えなくちゃ」
「あの、えっと沙耶はうちで預かるから。それは心配ないから。それとコーヒー、まだ飲んでないから沖野君、飲んでね。それじゃ、あの、私、先輩の部屋にいるから、ね」
そう言って部屋を出た。
今は二人のほうがいいよね。
コンコン。
「先輩……」
先輩も今は一人のほうがいいかな。
でも私は一人じゃ辛い。
「入れよ、開いてる」
中に入るとベッドによりかかって座っている宮川。
「なに、突っ立ってんだよ。入れよ」
ドアを開けたものの、入るのに躊躇していると言われてしまった。
「うん、ごめんね」
宮川の横に座る。
「沙耶と沖野、来たのか?」
「うん」
「そっか」
「あの、沙耶はうちにいていいよね?」
「迷惑かけてすまないな」
「ううん」
宮川は立って電話をかけた。
「もしもし、ああ、あの、俺だけど……沙耶、こっちに来てるから。できればあいつにわからないように明日の用意持ってきてもらえないですか? ……そうです……はい、じゃ、お願いします」
「電話、沙耶の家に?」
「ああ、お母さんだったから明日の用意頼んどいた。明日から学校だからな。休むわけにもいかないし」
「そうだね」
「どうなっちゃうのかな、沙耶と沖野君。こんな風に反対されるなんて……あんまりだよ……」
「でも世の大人達なんて大半は子供の恋愛なんておもしろく思ってないんじゃない? 俺達が恵まれすぎてるんだと思うよ」
確かにうちのようなのも稀なケースだってことはわかってる。
でも沙耶のほうも普通じゃない状況だと思う。
「俺にはどうしてやることもできないよ。あついを守るのは沖野の役だ。もう俺じゃない」
「う、うん……」
「それにしてもアリスのあの台詞はたまんねーの」
「えっ?」
「くそ親父!」
そ、そういうの思い出さないで欲しい。
「だって悔しくて、沙耶も先輩も私にとって大切な人だもん。なのにあんな言い方して。いくら沙耶と先輩のお父さんだからって許せないもんね」
あはははっ。
宮川は笑いながら私の頭を引き寄せた。
「気持ちよかったよ。おまえが言わなきゃ、おれが言ってた。俺さ、とりあえず話聞いて通帳突っ返して黙って帰ってくるつもりだったんだけど。なんだよな、やっぱアリスのこと言われてキレたしよ」
「そうだよね。先輩も思いっきり叫んでたよ」
「普通大切な奴が傷つくのなんて嫌だよな。なんでそーゆーこと、あいつはわかんねーのかな」
お父さんのことだよね。
もう少し沙耶や先輩の気持ち、見てくれたらいいのにね。
夕方、沖野は帰っていった。