no.1
憂鬱な午後。
いつものことだけど、今日は特に憂鬱。
高校に入学してはじめての中間考査が終わって、ほっとする間もなく生徒会役員の選挙に引っ張り出さた。
一年の私がなるわけない!
と、思っていたのに役員になってしまったのだった。
信じられないよね。
梅雨に近い空はどんよりしてて、見上げると余計憂鬱になってため息まで漏れた。
ピンポンピンポ~ン。
『……新旧生徒会役員は新校舎3階の生徒会室に集まってください』
はぁ~、来た。
こんなことで時間をとられるなんて、思いっきり癪に触る!
******
両サイドの三つ編みの髪を前にして、メガネの端を持ち上げる。
服装チェックもOK。
いざ、生徒会室!
でも生徒会室のドアを目の前にして、またため息が漏れた。
「どうしたの、早く入んなよ」
後ろからいきなり声を掛けられて振り返ると、宮川基樹が立っていた。
「失礼しました」
気持ちはかなり焦っていたけれど、そんな素振りは見せない。
私は完璧だもの。
ため息、聞こえてなかったかな~。
生徒会室にはまだ誰も来ていなかった。
なんだか二人なんて気まずいな。
早く誰か来ないかな。
「おまえ、1年の桐原亜李栖だろ。すっげーよな。1年で生徒会はいんの」
こいつにおまえ呼ばわりされる理由などない。
しかも呼び捨て!!
ムカッとしたけど、それは心の中だけにして~。
「はい。よろしくお願いいたします」
「おまえさぁ、パーフェクトなんだってな。何やらせても失敗しない奴。かっわいくねーの」
あんたに『かわいい』なんて思われなくていい!
宮川基樹。二年B組のお調子者。
いっつもお祭り騒ぎしてて、女なら誰とでも付き合うって奴。
私の一番嫌いなタイプ。
その上、勉強なんてしてないように見えて、学年トップ。
しかもしかもスポーツもできたりする。
本当に嫌な奴。
どうしてこんな奴と一緒に生徒会やんなきゃなんないのかと思うとイライラしてたまらない。
最初はクラスメイトのいやがらせで、私は生徒会役員選挙に推薦されて、別にどうでもいいやって引き受けた。
でもこいつが役員選に出てるって聞いたときには、この私が動揺した。
このパーフェクトの私が!
「あっ、もう来てたんですか」
ぞろぞろと入ってきたのは、これまで生徒会をやっていたメンバー。
今日は引き継ぎってことらしい。
新しく決まった役員もすべて揃って……。
「では、新役員の役決めしちゃおうか、まず会長だけど」
「あっ、それは宮川くんでいいんじゃないですか」
「そうだね。じゃ、宮川くん、会長よろしく」
「はいはい。楽しくやらせていただきますよぉ」
このお調子者!!
信じられな~い。
「で、副会長は川上さんかな」
「えっ、私、嫌ですよ。もともと書記がやりたかったんだから」
二年の川上敬子、女子で学年トップ。
綺麗だし、ちょっと憧れ。
その隣に座ってるのは……選挙ではじめて知ったけど、まぁそこそこの成績とってるらしい二年生の大里壮一。
あんまり目立たないな。
知らなかったもん。
「そ、そう。じゃ大里くんか」
「僕も書記希望です!」
大里の視線がちらっと川上に向く。
これってもしかして女を追いかけて入ったってこと?
こっちも信じられな~い。
「それじゃ、えっと……」
「あっ、私は会計!」
「僕も!」
続けてその隣にいた二年の高田俊平と山内由美が二人でにっこりして答えた。
この二人すでに校内では有名なカップル。
二人でいる時間を増やしたいがために生徒会に入ったって噂まで出るくらい。
ため息が二重奏、三重奏……。
「でも、それじゃ副は桐原さんになりますよ。1年じゃ荷が重いでしょ」
旧会長がせっかくそう言ってくれているのに、馬鹿なことを言う奴が一名。
「いや、そんなことないでしょ。桐原さんはパーフェクトだから、ね」
と、さらりと言う。
こいつ、目が笑ってる。
「し、しかしだな、宮川。桐原さんは1年でまだ高校生活も2ヶ月なんだし……」
「2ヶ月ありゃ十分ですよ。桐原さんなら、ね。OK。決まり。書記は川上と大里で、会計は高田と山内で、副は桐原。がんばりますよ、な」
か、勝手に決めないで~~~っ!!
私は一言もいいと言ってない。
「で、でもな……」
旧会長、もっと押して言ってくださいよぉ。
このお祭りバカのお調子者に!!
「ほんじゃ、そーゆーことで先輩、これから新生徒会の親睦を深める会しましょう。ついでに旧生徒会のお別れ会も」
立ちあがった宮川は叫んだ。
他のものの言葉など聞きもしない。
結局、親睦会と称されたそれは、カラオケだった……。
******
「ただい、ま……」
「あらぁ、アリスちゃん、随分疲れた顔してるのね。どうしたの?」
「な、なんでもない。疲れたから早く食事にして。寝たい」
「まぁまぁ、寝たいの。そうね。早くして休みましょうね。お勉強なんてしないで」
なんでよ~~~。
かりにもあなたは母親でしょう。
娘が勉強するの、そう露骨に嫌がらないでよ。
さっさとキッチンに引っ込んだ母親の嬉しそうな背中を見て、疲れが増した。
******
疲れきった体は、もう平行感覚もない。
どさりとベッドに倒れこむ。
カラオケなんてはじめてだった。
もちろん私は、歌わなかった。
「おまえ、歌なんて聴かないんだろ。だから歌えないんだよな。勉強ばっかしてると早く老けるぞ」
散々宮川にコケにされた。
こんな扱いを受けるのは一体何年ぶりなんだろう。
思い出したくないことまで、思い出させる嫌な奴。
こいつがいると私のペースが崩れそう。
これまで外ではパーフェクトの私を演じてきた。
それなのに……。
一年間、がんばれるか不安になった。
こんな思いもはじめてだ。