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マコトスタイル 1-2

喧嘩しないと本当の友情が芽生えない様に戦争しなければ平穏の有難さは分からない。

 世界が分岐しやがったのは恐らく九月十四日の日曜日、丁度正午のことだっただろう。それは部屋に出現した蚊と僕が夜通し眠れぬたたきを過ごした日の翌日のことであり、例によって彼女とのデート(五回目)の日のことでもあった。三日前ぐらいからの豪雨によって最寄りの私鉄が使えなくなったために、仕方がなく錆びついたた自転車でいつもの待ち合わせ場所である駅前まで必死に向かったことを鮮明に覚えている。


 デートのことで浮かれて『今日の彼女は果たして一体どんな格好をしているだろうか?春は制服、夏は着物、冬はマフラーだったし何かしらの変化はあるだろう』と期待をしていたりした気がする。

 ドキドキというよりわくわくしながら向かたのだ。

 自転車を久方ぶりに乗ったがために彼女との約束の時刻を過ぎてしまわないかでドキドキだった。彼女のお仕置き、特にデートの約束を破ったときにはかなり酷くえげつないことをしてくる。あれは自由恋愛の範疇に収まる行為なのだろうか。間違いなく不順異性交遊で検挙されそうなことをしてくる。真性のマゾヒストならば耐えられるのかもしれないが、僕はお仕置きで悦ぶような性癖は持ち合わせていないためただの苦痛でしかない。愛のムチも愛が伝わらなければただのムチである。無知だけに。まあ、無視したりしない分僕の彼女は随分と良い女性であるんだろうなと勝手に思っていたりする。無視したり、日機嫌でいたり、帰ったり、食事を無理に奢らされたり、高い買い物をかわされたり、別れたりするようなタイプでないことが何気に僕の中でのポイントが高い。そういう意味では、言い方が悪いかもしれないが扱いやすい女性なのかもしれない。その扱いやすさの代償として笑いごとでは済まされない程度の肉体的苦痛を伴うのだが。一秒でも遅れれば彼女の胸ポッケのボールペンが火を噴くぜ。くわばらくわばら。


 で、結局駐輪場に着いた時に彼女は当然のように待ち合わせ場所に待機しており、駅前にある時計は約束の一分前を示していた。

「やべエ!!」

 命の危機。

 彼女との待ち合わせの度に死にそうな思いをするのはもう数十回目である。

 学校の帰りとかは特に送れやすいので辛い。

 早く着きすぎると彼女の方が非を感じて謝ってくるので時間ピッタリが望ましいが、これが難しい。体内時計がもっと正確ならばずっと楽なのだが。

 

 鍵を掛けて、ダイヤル式のチェーンも付けて、カゴからバックをとって、彼女の下へ。

「今日は花飾りと伊達メガネか……」

 黒いズボンに秋らしい木の葉がプリントされた白いシャツ、茶色の上着を羽織って少し大人っぽい服装にキュートな白の花飾りを神に付けているのはミスマッチでありながらも似合っていて愛らしい。個人的には伊達メガネが一番グット。そんな彼女は最近買った腕に付けるタイプのスマホを見つめている。

 何となしにサッカーの審判が残り時間を確認する光景が頭を過った。

 (人生の)試合終了か。

 冷や汗がドッと噴き出た。

 

 彼女との十メートルもない距離が異様に遠く感じる。時間はもう数秒しかない。


 あと、十歩。

 

 あと、五歩。


 あと、二歩。


 ――ポーン、ポーン、ポーン――


 十二回時計が鳴った。正午の鐘だ。

 彼女が笑顔をこちらに向ける。タイムオーバーだ。

 僕が苦笑する。処刑の時間だ。

 殺される。

 

 ――そう思ったとき、世界が揺れた。


 あまりに強い揺れに僕は立っていられずによろけて尻餅をついてしまう。彼女はそんな僕を見て手を差し伸べようとして、しかし更に強くなる揺れで彼女もよろけて同様に尻餅をつく。

 地震かと思った。

 屋外で揺れを感じるなんてとても大規模だな。

 そんな中で浮遊感を覚える。

 

 亀裂が入った地面が僕と彼女ののっている場所ごと浮かび上がったのだ。

 周囲の時計塔やベンチや街路樹なども一緒に巻きこんで宙に浮かび始めた。

 

 何が起きている。


 そう疑問を呈するよりも先に本能的な危機を察知した僕の脳内で警報が響く。

 咄嗟に彼女へと手を伸ばす。

 彼女もほぼ同時に僕へと手を伸ばす。

 

 一メートルにも満たない距離で僕らの手は互いに握ることなく空をつかむ。


 地面が落ちていく。

 まるで空間がずれたかのように。

 見えない壁が、突然そこに国境が敷かれたかのように、世界に僕らは隔絶された。


 僕の足元だけが崩れていく。

 浮遊感は落下する感覚へと変わる。

 彼女の座る足場から僕の座る足場が切り離される。


 後ろ向きに僕は落ちていく。


 伸ばした手は届かない。


「誠!!」

 

 彼女が――真菜が僕の名前を呼んだ。

 真菜との距離が開いていく。

 

 真菜の悲痛で悲鳴を上げているような泣き顔が、僕が覚えている最後の光景だった。


 単純に言うと。

 その日世界は改変した。

 僕がそのことを知るのは少し先の話である。


『私と誠が出会ったのは、とてもよく晴れた猛暑の夏休みのことだった。私はいつものように一人路地裏に歩いてくる金を持っていそうな獲物を狙っていました』

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