ポンが背負ったものを
小さな小さな工場があります。小さいと言っても、従業員が3人しかいないという意味の小さいというだけではありません。本当に小さいのです。
大きな木の根元に、屈んでじっと見て見なければ分からないところに小さな扉が付いていて、その中に工場があるのです。
従業員は、職人の親方と弟子が2人の、全部で3人。名実ともに小さな工場です。
何を作っているかと言うと、やはりとても小さなものです。
「そっちできたか、見せてみろ。」
親方はジッと机に突っ伏すように作業をしている弟子のポンに話しかけました。ポンは気付いて顔をあげると、その顔は汗びっしょりでした。ポンはいつも真面目に一生懸命作業をしているのです。
「はい、どうでしょう」
ポンは親方に今作っていたものを見せました。親方はそれを目の近くに持っていき、くるくると色んな角度から確認しているようでした。
「よし、良いだろう」
そう言われると、ポンはホッとしてニッコリと笑いました。親方から一発でOKが出ることはなかなかありません。
「お前もそろそろ、一人前だな」
「はい、ありがとうございます!」
ポンは飛び上がりたいほど喜びました。ここに弟子入りして7年目にしてようやく、親方に認められたのです。
「ところで、ピノはどうした。アイツまたサボりやがって」
気が付くと、今年入ったばかりの弟子ピノの姿が見えません。親方は呆れてため息をつきました。
「ああ、二階で羽根布を織ってるはずです。僕呼んできます」
ポンはピノを探しに、席を立ち、二階へ上がって行きました。木の幹の中にくりぬかれた階段を一段ずつ上り、二階へ行くと、ピノはその足音に気づいたのか、パッと何かを隠したようなしぐさをしました。
「ピノ、親方が呼んでたよ。って、何してんの?」
見ると、ピノは羽根布を織っているはずなのに、キラキラ光る羽根糸の中にこんがらがっていました。しかも、明らかにお尻の下に隠したものは壊れています。
ピノは申し訳なさそうに尻の下の隠したものを出しました。
「ポン、ごめん。壊しちゃった」
それはポンの作った妖精の羽根でした。二階には出来上がった妖精の羽根がいくつか乾かして置いてあります。
「壊しちゃったって、まあ、それは試作品だから良いけど、どうして壊れたのさ」
ポンはこんがらがっている羽根糸を手前から手繰り寄せてくるくる巻きながら聞きました。
ピノは下を向いてちょっとブー垂れた顔をしていました。手の中で妖精の羽根を弄んでいますが、それを直そうとしているわけではなくて、恨めしいかのようにぞんざいに扱っているだけでした。
その様子にポンが優しく言いました。
「また背中に付けてみたんだね?そんなことをしても飛べはしないよ。僕たちは妖精ではないんだから」
そう言われて、下を向いていたピノが勢いよく顔をあげて反論しました。
「だって、おかしいじゃないか!僕たちは妖精と体の大きさだって重さだってほとんど同じなのに、どうして妖精たちは羽根を付けて飛べるのに、僕たちは飛べないの?」
ピノの悔しそうな様子を見て、ポンはピノの頭を撫でて、そうして優しく言いました。
「ピノは、小鳥に乗って飛べるじゃないか。小鳥はピノの思うとおりに飛んでくれるだろう?それで十分じゃないか」
「だけど・・・妖精の羽根は僕たちが作ってるのに、不公平だ。妖精が自分で作れば良いんだ。妖精は何もしないのに、こんなに綺麗なものを付けて、キラキラしているだけなんて・・・ずるいじゃないか」
ピノはそう言うと、また黙ってしまいました。分かっているのです、自分と妖精は違う生き物だと。どんなに憧れても妖精にはなれないということを。
二人は少しの間、黙っていました。
ポンは羽根糸を全て巻き終ると、それをピノに渡しました。
「妖精はさ、ただキラキラしているだけに見えるけど、それには理由があるんだ」
ポンはそっとピノの横に座りながら言いました。ピノは下を向いたまま聞いていました。
「妖精は僕たちみたいに、怒ったりできないんだよ。さっきピノが言ったみたいに、不公平だ!って言えないんだ。どんなに不公平なことでも、それを受け入れることしかできないんだよ。それくらい心が綺麗なんだ。そうじゃないと、あの羽根で飛べないんだよ」
「それって、僕たちの心が汚いってことじゃん」
ブスっとして吐き出されたピノの言葉に、ポンは少し悲しそうに笑いました。
「僕たちの心は普通だよ。怒ることは別に悪いことじゃない。だけど、彼らはそれができないんだ。怒りを知った時、妖精は死んでしまうんだから」
ポンは静かに言いました。ピノはポンの言葉が急に寂しいような悲しいような言葉に感じました。それで、ピノは少し冷静に考えました。
“怒りを知った時、妖精は死んでしまう”
ピノはすぐに分かりました。それこそ不公平なのだと。
「だったら、そんな羽根、いらない」
ピノは小さく言いました。
「だけど、妖精たちは、その羽根で飛んで、季節を知らせ愛を知らせるんだよ。それがなければ、自然は回らない。季節を巡らせるためには、彼らの愛が必要なんだ。
妖精の羽根はね、ただ背中にくっ付けても飛べはしない。それを背負う綺麗な心がなければ飛べないんだよ」
ピノは手元の、儚く光る羽根糸を見つめました。
妖精の存在は、なんて哀しく美しく儚いのでしょうか。自分とは全く違う存在だと言うことだけは知っていましたが、それだけではなかったのです。
ピノは自分が作ろうとしている羽根が、そんな風に使われるなんて知りませんでした。ただ美しい妖精が飛ぶためだけのものだと思っていたのです。だけど違いました。めぐる季節を愛で満たす手伝いをしているのです。
ピノは飛べないけれど、それを受け入れることができました。
部屋の前では、親方が感慨深く二人のやりとりを聞いていました。ピノが来てもうすぐ1年、ピノはやっと妖精の羽根を作る大切さを知りました。そしてポンは、自分の弟分にこうして教えられるようになり、羽根づくりだけでなく、ようやく一人前になれたようでした。
彼らはこうしてこの大切な仕事を、本当の意味を、継承していくのです。親方が背負い、ポンに伝えた事を、ポンはピノに伝えました。
妖精とは違うものを背負い、彼らは大切なものを作り続けるのでした。