ふたつぶの恋
長いですが最後まで読んでいただけると幸いです。
輪郭が同じ。
目の大きさが同じ。
髪質も同じ。
私たちは双子。
産まれた時にそうだった。
小さい頃は親が面白がって同じものを着せる。
他人だったら絶対に見分けがつかない。
そう。
全てが同じ。
同じだった。
……………。
………………。
……………………。
性格以外は。
中学生。
私より少し早く産まれた姉はとてもお洒落だった。
私服が変わっていく。
高校生。
姉の性格はとても陽気で人懐っこくすぐに彼氏が出来た。
人間関係が変わっていく。
両親もそんな姉の方を溺愛していた。
妹の私といえば。
中学生。
変わっていく環境についていけず、何を着れば良いのか分からず、遂には同じクラスの人にダサいと言われる始末。
高校生。
私は人と話すのが苦手で、笑うのも苦手だった。だからずっと1人。
羨ましかった。
沢山の人に囲まれている姉が。
自分の良い所を産まれてくる時に、姉に全部取られてしまった。
そんな馬鹿なことある筈無いのに。
そんなことを考えないとやっていけなかった。
「双子の癖に似てないね」
そんな事は言われ慣れていた。
そんな風に過ごしていた高2の夏。
遠足のグループ作り。
私はいつものように余っていた。
誰の中にも入らず窓際の席で外を眺めていた。
「……一緒に組みませんか?」
それはあまりにも唐突に。
そしてこのクラスには同い歳しかいない筈なのに敬語。
何もかもが疑わしかった。
声の方を見るとそこには黒髪で癖っ毛の男子が立っていた。
「………先生が2人グループでも良いといっていたので。」
そうだった。
このクラスには私以外にもう1人浮いた存在がいた。
クソがつくほど大真面目。
周りが取っ付きにくいとかノリが悪いとか話していた。
「……良いんじゃない」
「そうですか!良かった!」
私のかわいくない小さな受け答えにパッと表情が明るく……なった気がした。
何しろ髪が延び放題で彼の顔が半分、1番感情表現では重要な目の部分にかかっていた。
彼は空いていた前の席に座る事なく、すぐに自分の席に戻って椅子を引きずらず私の机の横に置く。
「……前に座ったら良いのに…」
「あっ…僕が座ったら嫌がる方々がいるので…これで良いんです」
そういえばもう1つ。
クラスの女子が女子トイレで話していた。
『あいつと世界で2人きりになったら自殺すると。』
クラス1キモいと言われて評判だ。
……評判だという表現はおかしいかもしれないけど……。
「それで!何処に行きますか?テーマが歴史なので神社やお寺を巡るのが妥当かもしれません……」
あぁやっぱり真面目過ぎる。
きっとクラスの大半は水族館の歴史、遊園地の歴史だとか言って遊びに行くのが大半なのに。
でも私はこの変わり者と、そういう所に行く趣味は残念ながら持ち合わせていなかった。
「行きたい所で良いよ」
だからそう冷たく突き放す。
「いいんですか!?あなたは優しいんですね!あっ僕の事は気軽に新堂 真麻なのでマーサとお呼びください!」
頬を少し赤く染めて口許がにっこりと笑っている。
そして嬉しそうにまたもや席に戻り、鞄のリュックを取ってきてガサゴソと神社やお寺の本を何冊か取り出し机の上に広げた。
「でもやっぱり、折角一緒に行くので僕の行きたい所の情報は共有しましょう?途中で行きたい所言っても構いませんし!」
目は全然見えないのに優しそうな笑顔をしている気がした。
うん。
やっぱり真面目。
でも嫌な感じは全くしない。
彼はそのままガイドブックに指を指しながら馬鹿丁寧にいろんな事を教えてくれた。
あまりにも熱心に話すので何となしにガイドブックを見ると
「!!これに興味があるのですね!流石はお目が高いです!」
と目を輝かせながら説明してくれる。
それが何となく嬉しくて。
それが何となく楽しくて。
「………でですね!これはきっとあなたにも…えっと……」
「藤嶋 沙莉衣……マーサ風に言うと……?」
「………!!サリーです!」
そしてコミュ症の私に初めてといっていい友達が出来た。
それから一緒に行った遠足は意外にもすごく楽しくて。
その後も一緒にご飯食べたり。
遊んだりした。
周りからはボッチグループ。
キモい。
でもそんな事、言われても全く気にならなかった。
それぐらい普通に話せる事が嬉しかったし楽しかった。
――「マーサは髪が果てしなく伸び続けてるけど切らないの?」
「そういうサリーは双子のお姉さんとは仲良くしないんですか?」
放課後。
マーサが勝手に作った鍵で屋上に入り込み2人で並んで寝転びながら話していた。
最近は、教室で話しているといやに周りが奇異の目で見続けられるので、マーサが傷つけられるのは見たくなかった。
だから私が場所を変えようと提案したのだ。
そしたらマーサが鍵を取り出して……今に至っている。
「……マーサって意地悪だよね…」
顔を横にして隣にいるマーサを睨みつけるても、やっぱり髪に遮られマーサの目は全く見えない。
でも優しい顔をしているのだけはわかった。
「サリーが言ったことは僕にとってそれだけの事、ということですよ」
そんなの嘘だということはすぐ分かった。
マーサは私を心配しているだけだ。
だからあえて痛いところをついてくる。
「……別に…仲悪いって訳じゃない…前にも言ったけど…私が勝手に嫉妬してるだけ。」
そしてマーサも顔を横に向け、顔が近付く。
眼鏡は見えるけど目は見えない。
なのに最近マーサが近付く度にドキドキしてしまう自分がいる。
落ち着かない気持ちになるというか。
こんな体験は初めてだった。
「……いつも言ってますけどサリーは素敵ですよ?僕はそんなサリーが大好きですし!」
「!?………なっ!!」
分かっている。
マーサのこの場合の大好きは人としてということ。
それなのに。
好きという言葉に大きく反応してしまう。
「ばっ!そっそんな言葉私が素敵な証明になっならないし!」
……我ながらかわいくないことを言ってしまう。
照れ隠しの為に。
頬が染まってるのがバレないように。
マーサと反対の方を見た。
「しっ証明…えっとどうすれば…」
バカ真面目なのか、本気で悩んでいるような声が後ろから聞こえた。
それが何だか可笑しくて。
私は半分だけ体を起こしてマーサのおでこに髪の上から手を触れる。
「髪を短く切るとか?」
「!?えっ!?」
あまりにも動揺しているような。
「マーサが昔どんな事言われたか分からないけど、私はどんなマーサでも嫌いにならないよ!」
笑うのが苦手の私でも、マーサといると自然と笑顔になれる。
「………ずっするいです!!」
一緒にいると楽しい。
一緒にいると私は私らしくいられる。
大切な時間。
マーサといる時間は間違いなく私にとってそうなっていた。
――――――――――――。
放課後。
今日はマーサと遊びに行く約束をした。
掃除当番だからと言って、下駄箱待ち合わせ。
でもここは人通りが多くて、双子の姉に沢山の人に間違われて声を掛けられた。
それが居心地悪くて。
気持ち悪くて。
その場所から、すぐに移動した。
移動しても、携帯で連絡をとれば良いと思っていた。
人気の無くなりつつある廊下で足を止め、携帯を取り出そうとすると。
目の前の教室から聞き覚えのある声が聞こえる。
「……急に呼び出されたからびっくりしたよ?用って何?」
それは私の片割れの声。
自分ではそうは思わないが周りから聞くとやっぱり私たちの声は似ているらしい。
「あっ……えっと…すっすいません」
そしてもう1つの声の主に私はびっくりした。
そして思わず扉を少し開け中を覗く。
やっぱり。
聞き間違える筈がない。
それはマーサのものだった。
「……あっと…さり……じゃない沙莉衣さんの事どう思ってますか?」
マーサの声は緊張しているのか震えている。
姉は首を傾げるように長い髪を耳にかけた。
「どうって?普通だよ?あの子は私を避けてるみたいだけど……」
少し目を伏せ長い睫毛が目にかかる。
同じ顔の筈なのに姉は全く違う綺麗な人に見えた。
「あのっ……沙莉衣さんは少し照れ屋なんです。だからっ…おっお姉さんの方からもう少し話し掛けてあげてくれませんか?」
「………。えっと?あなたに何でそんな事言われないといけないの?」
姉は不思議そうにマーサに近付く。
私の胸に一気に雲がかかった気がした。
「沙莉衣さんの友達だから…です」
「………あぁ!!あなたが!噂の子?沙莉衣とがお世話になってるみたいで!」
近づかないで。
強く。
手を握っていた。
「いえいえ!こちらこそ!」
マーサが答えると。
私の気持ちとは反面に。
姉はマーサの顔を覗きこんだ。
「んー。なんで沙莉衣はあなたと仲良いのかな?」
「!?へっ!?」
そしてそのままマーサの頬っぺたに手を置いた。
マーサが動揺するように頬を真っ赤に染めて、1歩後ろに下がる。
それを追うように姉が1歩又近付いて手を伸ばした。
マーサの緊張した顔。
私には見せない一面。
それに耐えられなくて。
咄嗟に携帯を取り出しマーサに電話をする。
教室に鳴り響く私からの着信音。
その音がなんだか私を責めてるように聞こえて、逃げるように教室の前から立ち去った。
それからすぐに電話を切った。
あの教室にいるマーサの声を聞くのが怖くて。
メールを送る。
『用事が入った。ごめん。』
今の私が送れた精一杯の文。
それからすぐに携帯の電源を切る。
頭の中がぐちゃぐちゃで、心の整理の仕方が分からなくて。
ただマーサは、私を心配して姉と話していただけなのに。
余計なお世話。
そう思ってしまった。
姉も彼氏がいるのに。ただマーサの見えない顔を見たかった不思議に思っただけだと思うのに。
気持ち悪いくらい心が痛かった。
そう感じてしまった。
マーサの緊張した、真っ赤に染まった顔を見て。
目の前が真っ暗になった。
沢山の感情が入り乱れる。
マーサにどうやって明日顔を合わせれば良いのか分からない。
でもきっと、彼の事だからちゃんと今日の事を話すだろう。
その時どうすれば良い?
どんな顔をして話を聞けば良い?
――――私はどうやって家に帰ってきたかも分からず、その日の残り半分部屋から一切出ることが出来なかった。
―――覚悟を決める。
……というか決めた。
同じクラスだから顔を合わさないのは無理だし。
何よりも又マーサと楽しく毎日を過ごしたい。
こんなぐちゃぐちゃした気持ちでは、きっと一緒にいても楽しく過ごせないから。
それでも、決めたはずなのに、学校に着いてからというものの
「サリーお昼……」
「!!あっ!ごめん!私先生に呼ばれてた!」
とか。
「あっサリー……」
「!!ちょっとトイレ行ってくる!」
とか。
聞くどころかそれは物凄く避けていた。
逃げないと思っていても体は正直でどうしても逃げてしまう。
だから。
せめて放課後だけは。
そう思って。
最後の授業をサボって自分が逃げないように屋上で放課後のマーサを待つ。
時間が近付く度、鐘が鳴る度、緊張は増していく。
立ち去りたい気持ちを抑えてぎゅっと手すりを掴んだ。
放課後。
すっかりオレンジ色に染まった空はとても綺麗に見えた。
……………。
…………………。
………………………。
「!?オレンジ色!?」
ガバッと反射的に半分だけ体を起こすと隣にはマーサが本を読んでいた。
「あっサリー?おはようございます。僕が来たときには随分気持ち良さそうに寝ていたので、そのままにしておきました」
マーサは優しく笑いかけてくれる。
……そうか。昨日考え過ぎで寝不足だった。だからいつの間にか、勝手に待ちくたびれて寝てしまったらしい。
「………サリー僕何かしました?」
寂しそうな声。
私はすぐにマーサを見ると、悲しそうに俯いていた。
「……本当は……思い当たらないって言ったら嘘になります。やっぱりサリーは皆に僕と仲良いとか、付き合ってるとか噂されるのが嫌なんですよね……」
「ちがっ……!!」
私が否定しようと声をだそうとすると、それを遮る様にマーサは続ける。
「……良いんです。サリーは優しいから、僕は甘えちゃうんです。屋上で話すようになったのも他の人に僕と話してるとこ見られたくないからですよね?でも、それでも、僕はサリーといる時間が楽しくてずっと気付かないフリをしてしまいました」
違う。
そうじゃない。
私は……。
「違う!私はマーサに傷付いてほしくないから!噂が!マーサを傷付けるんじゃないかって心配で……私がマーサを嫌いになるなんてありえないから!」
どんなに恥ずかしくても。
本当の事だから。
どんなに自分から逃げても。
自分に嘘だけはつきたくなかった。
「……ほっほんとですか?」
心配そうな顔。
そうだ。
早く私はマーサと楽しく話したい。
こんなの顔。
し合いたいわけじゃない。
だから今度こそ。
覚悟を決めた。
「………ねぇマーサ…私に話したい事ない?」
「……えっ?なっ何ですか急に」
私は髪の毛で見えない眼鏡越しの瞳を見つめる。
マーサは私からすぐに目をそらした。
「……えっあっと…特に……」
どうして?
「あっ…それよりサリーに嫌われてないって分かって本当に安心しました」
話をそらさないで。
「サリー今度いつ暇ですか?昨日行く筈だった博物館いつ行けます?」
なん……で。
「………サリー?」
マーサは私を心配してくれる。
そんなの分かっている。
だからちゃんと聞きたかった。
マーサが考えていることを。
「……昨日私の双子の姉と会わなかった?」
だから。
お願いだから。
ちゃんと話して。
「………えっ…会って…ないです」
足元が崩れる感覚。
そうか。本で読む表現はこういうことをいうのか。
「……どうして…隠すの…」
瞳が揺らぐ。
「私……見たのに…マーサが私の事姉にお願いしてるとこ」
声が震える。
「なんで……そのこと……」
マーサの顔が見れない。
「分からない!マーサの気持ち!なんで嘘つくの!?家族に溶け込めなくてかわいそうだとずっと思ってたの!?そうだとしたら余計なお世話よ!!」
「……サリー……」
それはすごく悲しそうな声。
当たり前だ。
私の言葉でマーサは傷ついている。
傷付けたくないと思っていた筈だったのに。
でも止まらなかった。
「マーサが分からない!髪の毛は顔だけじゃなくてマーサの心も隠してるんじゃないの!?……嘘つくマーサなんか大っ嫌い!!」
その場に居たくなくて。
私はマーサから走って逃げた。
かわいそうだと思っていたよ。
とか。
僕も嫌いです。
なんて言われたら。
私が耐えられそうに無かったから。
だから。
言葉を待たずに逃げた。
そして何も言われていない筈なのに何故か涙は止まらなかった。
止めようにも次々と目から溢れて出てくる。
なんでこんなことでこんなに苦しいのか。
前までの私だったらそんなこと無かった。
だけどマーサに会って。
仲良くなって。
彼に姉が近付くだけで嫌だった。
彼の全部知りたかった。
………そうか。
私はマーサが好きなのか。
でもこんなの今更だ。
今更気付いたって姉に嫉妬してマーサにあたってしまった。
嫌われた。
きっとそう。
もう彼とは話せないんだ。
そう思うと更に涙は溢れてきて。
1日中その日は泣いていた。
次の日は案の定目が腫れて学校を休んだ。
幸いその次もまたその次の日も土曜日日曜日と学校が無かった。
たった3日ぶりだと言うのに学校に行くのは久し振りな気がした。
もう涙は枯れるまで泣いたから出てこない。前に戻ったと思えば良い。
そう自分に暗示をかけるように学校に向かった。
教室に入る。
するとさも学級委員長といった感じのおさげの女の子が金曜日に席替えをやった事を教えてくれ、私の新しい席窓側の後ろから3番目の席に座った。
この時間には来てる筈……教室を見渡さないようにとするけれども自然にマーサの姿を探してしまう。
……………。
…………………。
………あれ…………。
全員座った筈の教室には彼の姿を見付けることが出来なかった。
授業が進む。
それでも彼の姿を見付けることが出来なかった。
放課後になり。
いつもの習慣で屋上の扉を開ける。
びゅぅっと吹き付ける風。
手すりに手をかけ遠くを見つめる。
そして思う。
マーサという存在は私の妄想だったのじゃないか。
本当はマーサなんて何処にもいないんじゃないか。
と。
私は……何をやっているのだろう…。
空想の人と友達になり、その人に恋をして、勝手に傷付いて。
視界が歪む。
それでもマーサが好きだと思ったから。
それでもマーサといる時間が幸せだったから。
枯れたと思っていた涙が。
溢れてきて。
頬を伝った。
「マーサのばかーーー!!!」
一緒に溢れた気持ちを屋上で叫んだ。
「そっそこまで言わなくても……」
「いいの!私の気持ちが収まらないから!!」
「僕の頭の良さは普通な筈なのですが……」
「もぅ!!ごちゃごちゃうるさいって………」
はっと気が付く。
声の主を。
聞いたことのある声。
くそ真面目な返答。
反射的に振り向いた。
「……………。だれ?」
振り向くとそこにはいかにも爽やかそうな男の子。
癖っ毛なのに髪がさらさらとなびく。
「ひっひどいですよ…サリー僕のこと本当に嫌いになっちゃったんですか?」
情けないような声。
やっぱり。
私が彼の声を間違える筈がない。
「…………マーサ?」
そこにいた男の子は前髪が眉くらいに短く、眼鏡の奥に瞳がしっかりと見えていた。
………そういえば後ろの席にこんな子がいた気がする。
「さっさりーがいけないんです。僕がサリーの事を嫌いでその気持ちを隠してるって言うから………」
頭が混乱する。
「嫌いになれるわけないじゃないですか……そのっえっと僕は…ずっとさりーのこと…………」
わからないから。
わからないからこそ。
私はマーサの頬を両手で包むように触れる。
「!!?ひひゃっ!??」
咄嗟の事だったからか。
マーサの頬はみるみると真っ赤に染まっていく。
「なっなにするんですか!?ぼっぼくはまだ話の途中でありまして……!」
混乱するマーサを余所にそのまま私はおでこをマーサのおでこにくっつける。
あたたかい。
彼はちゃんと存在している。
空想の人じゃなかった。
私の不安な気持ちに気付いたのか、マーサはそのまま私の髪の毛を撫でた。
「……嘘ついてすみませんでした。あの時、実はサリーが教室を覗いていたの気付いてたんです。だって君はすごい音で走っていくから、気付かない方がおかしいですよ?でもサリーのお姉さんに口止めされていて。」
「………くちどめ…?」
マーサは少し笑う。
「サリーとどんなカタチであれ、話したいって言ってました。双子だからじゃなくたった1人の大切な妹だからと」
優しすぎる。
そんな言葉。
私には勿体無さすぎる。
勝手に姉を羨ましく思っていて。
勝手に姉を疎ましく思って。
勝手に家族を避けるようになった。
私は、そんな風に思われる資格なんてないのに。
「申し訳無いですけど、僕はサリーのことかわいそうだと思った事ないですよ?羨ましくは思っていましたけど」
私の涙が頬を濡らす。
「自分に正直で素敵だと思います」
マーサも私の涙ごと頬を包むように両手をのせた。
「サリーはずっと僕にとってお姫様なんですから」
「………………。」
「……………………。」
目の前のマーサが今度は煙が出そうな程真っ赤になる。
「なっなんとか言ってください……」
今まで見えなかった顔が何だか情けなく見えて声もしぼんでいく。
そんなマーサを見て。
気が付いたら。
笑っていた。
「マーサのばか」
恥ずかしそうにマーサは私から離れて手すりに手をかけた。
「………そういえば何でここで僕をバカって叫んでいたんですか?」
顔を隠すためかそのまま背中越しの会話。
「………マーサが私の空想上の存在かと思って………」
「……!?えっっっ!?」
あまりにもビックリしたのか声が裏返っていた。
「顔ちゃんと知らなかったし!探しても見付けられなかったし…昼休みも話かけられなかったし……それで…」
そして笑う。
「サリーは創造力豊かですね?」
それが悔しくて。
でも笑い合えるのが嬉しくて。
マーサの隣に行って、一緒にオレンジ色になりつつある景色を眺めた。
「本当だよね?でも良かった!マーサとまた話せて!」
一緒に笑っていると。
突然手を引かれて。
ビックリする間もなく。
気が付いたらマーサと口が触れあっていた。
それは一瞬のようにも。
長い時間の様にも感じた。
口がゆっくりと離れると。
「いっ今のはサリーが悪いんです!サリーが……かわいすぎるから……」
やかんが沸騰するように沸々と体が熱くなる。
恥ずかしいのは私の筈なのに。
マーサは耳まで真っ赤にして両手で顔を隠していた。
「ふっ不意打ちはずるいです!我慢出来なくなります!」
私はそんなマーサが面白くて。
かっこよくて。
愛しくて。
「マーサは私にとってずっと王子様だったのかも」
にっこりと笑いかけ。
マーサの手をとって。
指を絡めた。
まだまだ自分から両親や姉や他人に中々歩み寄れないけど、ゆっくりと私のペースで近付いていこう。
マーサと一緒なら怖くない。
純粋にそう思えた。
―――………その後の私とマーサといえば…
「サリーこっちです!こっちに歴史民俗資料館が!」
「………これってデートだったよね?」
夏の暑い日にはしゃいでいるマーサに相対して大粒の汗を流しながら日傘を持って追いかける。
デートの場所が資料館って……真面目というか、ズレている気がしてならない。
普通一般的なのは、映画とかプラネタリウムとかウィンドウショッピングとかそういうんじゃないのだろうか。
「サリー?疲れましたか?そうだ!後少しなので僕が手を引っ張ってあげましょうか?」
屈託のない笑顔。
それを見せられる度、私はこんなデートプランを立ててしまうマーサを許してしまう。
「……じゃあお願いしようかな?」
延びてくる手をぎゅっと掴む。
「……ねぇそういえば、何でマーサは前髪を伸ばしていたの?」
その質問に足を止める。
「……自信が無かったんです。自分の事も、自分の好きなことも全部自信が無かったんです。だから人の目を見るのも怖かった……」
でもっという風にマーサは優しく笑って振り返る。
「……サリーと出会えたからもうそれもどうでもよくなりました!人からどう思われても僕は僕です!サリーと付き合って、この先も一緒にいられるのは僕だけなんです!」
そしてキラキラと目を輝かせながら、前を歩くマーサの姿を見ていると幸せが込み上げてきた。
今はこのままで。
少しはそう思えた。
でもやっぱりいつかは恋人っぽいデートもしてみたい。
だからもう少し時間がたったら意義してみよう。
それでもきっと彼は笑ってくれる。
「しようがないですね?」
そう言いそうなマーサを想像して、私はまたひとつ笑った。
――――――fin
最後までお付き合い下さってありがとうございました。
皆様にも素敵な出会いや幸せが訪れますように願っております。