異世界転移
「どこだここ……」
俺は今となっては水を吸って使い物にならなくなっているため脱いだジャージを絞って近くの岩の上においた後小さく呟いた。
自室でいきなり気絶した後、目が覚めた時に自分は大きな池の中心に浮かんでいた。
全身がやけに痛いのはおそらくは池に叩きつけられたからか。
と、なると自分は空の上から池に向かって落とされたということになんるのだろうか。
……うん、全く意味がわからない。
目を覚ました後、慌てて岸に向かおうとして何度か溺れかけたがどうにかこうにかたどり着き今に至るという訳である。
「しかし本当に、どこだここ……」
辺りを見回すが周りにあるのは自分が目覚めた直径で50mはありそうな池と今自分がいる草っ原にところどころ岩が地面から露出しているところ。そしてそれを囲むようにうっそうと広がる森だけだった。
俺の家は影も形も跡形もないほどに見当たらないし、建物なんかの人造的な近くに人がいそうな痕跡は全く見当たらない。
もしかしてこれがいわゆる異世界トリップだとかいうのだろうか。
現代日本らしき跡形は影も形も無くなっているし、もし今の全身の痛みが上空から落とされ池に叩きつけらたことによるものと仮定するのであれば最低でも自分は空の上からやってきたことになるのだ。
数年前には中二病は卒業したがまだまだそういったことに興味がある年頃なのだ。口元がニヤリ、とほころぶ。
これは運が回ってきたんじゃないかと歓喜の声が漏れそうになるのをぐっとこらえる。
現実問題これが異世界トリップだということだったとしてもあまり無視できない問題があるのだ。
俺はまだ乾いていない上下のジャージのポケットの中に手を突っ込みまさぐる。
出てきたのはオヤツの個装された飴がいくつかとカロリーメ○カーが一本。
まず食料がない。
これでは明日にでも飢えることになるだろう。
そして服がない。
ジャージという高性能衣料がこの世界に存在するのかはわからないがそれらは現状ずぶ濡れなのだ。
着ていても風邪をひくだけだろうからそれらは脱いだので当然シャツとパンツの下着姿である。
このままいつ乾くのか分からないのを待っていたのでは確実に風邪を引く。
俺は天を仰ぐ。どちらにせよ風邪を引く運命が決定しているようだった。
これが勇者召喚ならば超高待遇で召喚者というチョロインまで追加され万々歳なのだが異世界トリップとなると話が変わってくる。
そもそもここが本当に人間の住む世界か分からない。
最悪スラ○ムしか住んでいない世界とかだったら本当に泣ける。
しかし、そんな悲観的な俺の考えは即座に否定された。
「ん? 何だアイツ? 」
「雑魚か? とりあえずふっかけてみるか?」
こちらを見てヒソヒソと話しながら近づいてくる強面の男三人組。
もしファンタジー世界なのならば彼らは冒険者ということになるのだろうか?
この世界が文化的で最低限知的生命体が住んでいることが確定して、俺が生存できる可能性が出てきた瞬間だった。
三人組の男達は警戒しながらこちらに近づいてくる。
まあ無理もないだろう。
なにせ自分は今下着姿なのだ。
どうこうしなくても普通に変態である。
三人の中で一番大柄な男が近くまで近づいてきて
「おい! そこのお前。俺とゲームしろ」
「え?」
ゲームというとあのピコピコする俺が大好きな奴だろうか。
この世界はそんなに科学が進んでいるのか?
剣と魔法のチーレムファンタジーを期待していた俺の理想計画が崩れる音が聞こえる。
「そうしねえと……、こうだ」
いきなり男が俺の首元に大振りの使い込まれたナイフを当ててくる。
「やります! やりますっ! ゲームをやらせていただきますっ!」
妄想厨の俺でも刃物はNGだ。
まだRPGでいうところのレベル1なのにこのままでは死んでしまう。
「よしならさっさとやるぞ」
男が古臭い紙切れを渡してくる。
「なんだこれ……?」
「さっさと読んで承認しろ!」
「わ、分かりました!」
男が声を荒げると同時にナイフを押し付けられる感触が一瞬強くなったため俺は受け取った紙切れに必死に目を通す。
「……ルール個人戦闘無制限、勝敗はどちらかが負けを認める、もしくは死亡するまで。BETは双方が所有する全ての物品・及び能力って何だこれ?」
読んでも全くもって意味が分からない。
ゲームの説明書だとしてもRPGだとかシーティングだとかゲームジャンルすらかいてないぞ。
これじゃあ、何のテレビゲームをするのか全くわからない。というか、周りにゲーム機器もないし一体なんのゲームをするのだろうか。
「読んだか? さっさと『承認』と宣誓しろ!」
「『しょ、承認?!』」
シャツの襟元を掴まれ怒気を込めてそう強要されたのでとっさにそう返す。
すると男はやっと俺から手を離し、ナイフを首元から遠ざけ薄気味悪い顔をしてこう言い放った。
「よし、いい子だ! ……じゃあ、さっさと死ね!」
一瞬何をされたのか分からなかった。
左の視界が一瞬にして赤く染まりそのまま真っ暗になる。
「カハッ……」
左目を手で押さえながら見上げ左目から飛び込んできた光景は。
俺の眼球と思わしき肉塊をこびりつかせたナイフを逆手に持ちながら嘲笑う男の姿だった。