ここが出逢い。
『ジュースが飲みたい。』
なんで、こんな夜中にそんなことを思ったんだろう
たまには、遠回りして帰ってみようか…。なんでそんなことをしたんだろう…。
家の近くの公園とても近いのに普段、使うことない道だからとても遠い公園。
遠い方が良かったのだろうか…。
そういえば小さい頃、ここでよく遊んだっけ、何が楽しいわけでもなく、暗くなるまでただギャーギャー喚きながら。ポケットに携帯育成ゲームを入れたまま大雨の日に遊んで壊したっけ…。リンゴブランコ、スベリダイ、シーソー、ブランコ、スナバと小さな神社のある、なんの代わり映えのしないただの公園。今こうして見るとただの広場だったのかも。小さい頃、広く大きかった物はこうも、小さく、みすぼらしくなってしまうのか…。
昼間、子供が作ったのだろうか、とても完成度の高いとても綺麗で少し華奢でとても子供が作ったとは思えない砂のお城が半分、壊れたままの状態で残っていた。なぜだろうか、このお城が気になった…どんな子がどんな気持ちで何を考えて作ったのだろうか…。
翌日の帰り道また公園によってみたら、そこに砂のお城は無かった。そのまた次の日、やっぱりお城は無かった。翌日は疲れていたのか、まっすぐ帰ってすぐに寝ると…もう、お城のことなんて、頭の何処にもなかった。
1週間がたったある日、またふと夜中にジュースが飲みたくなったんだ。
ジュースを片手にまた遠回りをしてみた。
神社の拝殿を見てみると、たくさんの小石が散らばってる、こんな田舎の神社でしかも百度石もないような神様もいるかわからないような神社で今時、御百度参りをする人なんているだな…。しかも鳥居の近くの石畳には血のような後が点々とついてる。
公園に目をやると
誰かいる…。それも、あのお城をただ作っている。そう、ただ作っていた。彼女はただ作っているだけだった。誰もいない公園のスナバで彼女は1人。真っ黒な長い髪、月明かりに照らされた透き通る様なとても白い肌、真っ白なワンピース、真っ赤なジャケットで、彼女はただお城を作っていた。
不思議だった。夜の公園、スナバ、真っ白なワンピース、真っ赤なジャケット…。普通、こんな状況を見たら恐怖やそれに似た何かを感じるだろう。けれど僕は好奇心なのか、ただの気まぐれなのか少なからず彼女に興味を持った。
次の日の夜中も彼女は居た。また次の日も。次の日も。彼女はただずっと、お城を作っては壊していた。
翌日、魔が差したのか僕は彼女に声をかけてしまった。
キミは何をしているの?
「……おしろをつくってるの。」
そう…か。そうだね。
拍子抜けとはこのことか…期待していた答えとは程遠いものだった。
すると彼女が小さく口を開きぼそぼそ何かを言っている。
「………ねこはすきですか?」
え?ねこ?うんまぁ好きだけど。
彼女は淡々とただお城を作りながらも小さく微笑んでいた。
近くに寄って初めてわかった、彼女は驚くほど小さく華奢で今にも壊れてしまいそうに見えた。
キミは猫は好きなの?
すると彼女は急に手を止め、こちらはぼーっと見つめながら今度ははっきりとした優しい声で
「ねこはだいすきなの。ねこの死に際って知ってる?」
あー知ってるよ。誰にも見つからない場所で隠れてひっそりと死んじゃうんだろ?
「そうね。けど、あの子達には【死】なんて感覚はないの、死に恐怖し怯えることも。ましてや誰にも死に姿を見せないなんて感覚は持ち合わせていないの。」
じゃなんでわざわざ隠れて死に場所を選んだかの様に最後を迎えるの?
「痛いの。」
いたい?
「そう、痛いの。あの子達は死を迎え身体中に痛みを感じると、外的何かに攻撃されていると勘違いしてしまうの。それだからあの子達は最後の最後まで死を理解しないまま自分が死ぬということをわからないまま死んでいくの。」
僕は呆然とした、ついさっきまで物静かで何を言ってるかわからないくらいの声で話していた彼女が今度ははっきりとした声で猫の【死】について表情ひとつ変えないで勢いよく一気話にをした。
すると辺りは小鳥の声がし、うっすらと空が明るくなってきていた…。
「また明日もきてくれる?わたし明日もここに、この時間にいるから」
僕が小さく頷くと彼女はまた小さく微笑んでゆっくりと歩いて帰って行った…………。そこには壊れかけの砂のお城が残っていた。
次の日、朝からやむことのない雨が降り続いていた。
夜になると雨は徐々に強くなり、僕は流石に今日は彼女はあの公園には居ないと思ったが、約束もしたし彼女のあの小さな微笑みを裏切ることが出来なかった。
僕は公園につくと唖然とした彼女は傘をさし1人、楽しそうにはしゃいでいた。
なんで、こんな日に彼女はあんなにも楽しげにしていられるのだろう…。
確かに僕も雨は好き嫌いかと聞かれたら、好きな方だけど、あの喜び方はただ好きって感じではない……。
何をそんなにはしゃいでいるの?
「わたしね、雨は大好きなの。」
そ…そう……
「雨の日は、わたしにとっては青空なの。雨の日には、この傘が使えるから…」
青空?かさ………?
彼女の傘はただの黒い古びた電車の中にでも忘れられてそうな、小汚ない安っぽい傘にしか見えなかった。
「こっちにおいでよ。」
彼女がそう言うと僕は意味もわからないまま、傘の中に入ってみた……。
傘の中に入ってみると僕は驚きで身震いした、内側には外側の古汚い安っぽい物とは真逆の綺麗で広い青空が広がっている。
すると彼女はこちらも見て、また微笑んでいた。
「この傘、素敵でしょ?これね、私が小さい頃に拾った傘で作ったの。これがわたしの青空でわたしだけの青空なの。」
僕はまだこの時のこの言葉の意味をほんの少しも理解をしていなかった。
「そういえば、こうやって青空の下で二人で歩くのは初めてだわ。青空の下ではわたしはいつも、ひとりぼっちだったから。また青空の下を一緒に歩いてくれる?」そういうと彼女はこちらも見て、とても不安そうな表情をしている。
僕は今思えば、気の抜けたよう素っ気ない空返事で
「あ。うん。また機会があればね。」とただそれだけの言葉を返してしまった。
それなのに彼女は一言。雨の降り続く明け方の公園で「ありがとう」と言ってくれた。
――――「あなたにとっての自由ってなに?」
唐突だった、なんの脈略もなく急に彼女はこのようなことを口にした。
自由か……。そうだな。好きなだけ遊べて、買いたいものも好きなだけ買えて、いつ寝ても、いつ起きてもいいよな生活がもし出来たら僕は自由って感じると思うよ。僕がそう言うと彼女は、悲しいような、苦しいような顔をし、どこか少し笑ってるようにも見えた。
「じゃあなたにとって、わたしは自由なのね。」
……え?どうして?
「わたしね、お父さんが仕事で海外にいてね、なんか良くわからないけど、お父さん凄い人らしくて、お金だけはたくさんあるの。それに学校にも行ってないし、ましてや働いてるわけじゃないから、あなたの言う【自由】をわたしは実現しているわ。もちろん、いつ寝ても、いつ起きてもいいのよ。」
普通なら、こんな話を聞いたら羨んだり妬んだり自分の境遇を悲観するかもしれない。でも彼女のしょんぽりと頭を下げ、うなだれている姿を見るとそんな気持ちは一切込み上げてこなかった。
彼女の姿を見た僕は頭で考えて喋るよりも先につい……ごめん…とだけ声が出ていた。
彼女はいつもの小さな微笑みは見せずにただ
「今日は帰るわ」
とだけ言って暗い公園を残して帰ってしまった。
聞こえなかったのか、無視をしていたのか、それはわからなかったけれど僕の、またね。は夜中の暗い公園で虚しく響くだけだった。
もしあの時、僕が呼び止めたたら彼女は振り向いてくれていただろうか?
もしあの時、【自由】について違う回答をしていたら、彼女はまた微笑んでくれていただろうか?
僕の頭の中には出来もしなかった、もしで溢れていた。
そもそも、僕に彼女を呼び止めることが出来たのだろうか?そもそも、僕に【自由】について違う回答が出来たのだろうか?
こんな事を考えながらも僕は気が付いたらまた、あの公園の前に居た。
彼女は居た。初めて見掛けた頃の様にスナバでお城を作っている……。
なんて声を掛けたらいいのだろうか?
この前はごめん。そう言えばいいのだろうか?
だいたい、ごめんって言っても何について、謝ればいいのだろう?僕の何処に否があったのだろう?
そんな、答えのないことを公園の前で、ぐるぐると考えていると、びっくりしたことに彼女の方から声を掛けて来た。
「…わたし……その、ごめんなさい。」
正直、意味がわからなかった。僕が訳もわからずに怒らせた彼女が今度は僕に謝っている。
何ついて、怒って。何について、謝っているのか…。
そんな事を考えて僕が俯いていると、彼女の足下に黒い猫がいる。
僕が不思議そうな顔をしているのを覚ったのか
「あ、この子ね、この場所の先客なの。わたしがこの場所に来るようになった頃にはもう居たの。今でもこうやって、たまに遊んでいるの。」
名前は?
「なまえ?そんなものないわよ。だって飼っているわけじゃないもの。」
じゃあさ、2人で名前考えてつけてあげようよ。そうだな。タマとかピースとかクロとかチロとか…
彼女はどの名前を聞いても納得したような顔を見せなかった……。
ご、ごめんね。センスなくてさ。ペットとか飼ったことないから、いまいち思い付かなくて。
「違うの。この子に名前はいらないの。」
……なんで?
「この子、そろそろ死ぬわ。さっきから、いろいろな所で頭をぶつけているの。たぶん、もう目が見えていないわ。」
え?だって猫って死ぬ時は隠れるって………
「前にも言ったじゃない。猫が隠れるのは死ぬからじゃなくて、攻撃から身を守ろうとする為だって。つまりこの子は、わたしの近くに入れば安全だと思っているのね。そんな力なんてわたしのどこにもないのに。」
そう言うと彼女は猫を抱き抱え、動かなくなるその瞬間まで何度も何度も何度も何度もただ頭を撫で続けてあげていた。最初は猫も喉を鳴らしほんの少しばかりの反応をみせていたが徐々に身体中の力が抜け、喉を鳴らす事も出来なくなり。小さく目を閉じた。
「ねぇ手伝って。」
そう言うとスナバに置いてあったシャベルを僕に渡した。猫の身体はみるみるうちに体温が奪われ、足の先や心臓に遠い場所から順々に冷たく固くなっていく。僕は初めて【死】に触れた。正直、何も感じなかった、悲しいとか、虚しいとか、可愛そうとか…。ただ、動いていた物が動かなくなっただけとしか感じれなかった。スナバの隣に猫を埋めて、そこら辺に落ちていた、申し訳程度の大きめの石を置き、彼女を見ると手を震わしながら笑っていた。
「死んだね。」
…そうだね。
「ねぇ。良かったら友達になってくれないかな?」
僕は笑いをこらえるのに必死で仕方なかった。
友達を作るのにわざわざこんな事を聞かれたのは初めてだし、何よりも恥ずかしかった。
僕が笑っていることに気付いたのか、彼女は不安そうな表情で
「だめ?」と聞いてきた。
ダメじゃないよ。こちらこそ宜しくね。
そういうと彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「わたしね。友達が出来たら、絶対にやりたいことがあったの。」
そう言いながら彼女は僕の後ろの方を指差していた。
振り返るとそこには普通の公園にある普通のシーソーしかなかった。正直、嫌だった。この歳になってやることじゃないし、あんな汚いシーソーに座る気なんておきもしなかった。
でも、振り返えると笑顔で返答を待っている彼女の姿を見た僕はとっさに
いいよ。やろやろ
と言ってしまった。彼女はクリスマスプレゼントを貰った子供のように喜んでシーソーまで走っていった。
今時、シーソーをこんなに楽しんで遊ぶ子がいるだろうか?そんなことを考えなから、ぼーっとしていると
「ねぇー。わたし上がったまんまだよー」
そんな彼女の姿をみて僕も久しぶりに本当に笑っていた。シーソーに乗りながら夜空を眺めていると、もう空には、うっすらとオリオン座が見えていた。
「今日はありがとね。またね。」
この頃から僕は彼女の「またね。」が少し嫌いになってる気がした、彼女のその言葉を聞いた僕は少しだけ惨めに感じるようになってきていた。