92.お礼に
六月の第三金曜日。
昼休みに思い切って、赤穂と巴を家に誘ってみた。
「月末に引越すことになったんだけど、明日、良かったら家に来てくれないか?」
「引越しって、何処にだよ?」
「事情があって言えないんだ。すまん。手紙は無理だけど、メールはするから」
赤穂はそれ以上つっこまず、明日の昼過ぎに、俺の家に来ると約束してくれた。事情を知っている巴も、快諾してくれた。
「友田君、待って」
帰りに瀬戸川公園沿いの道を歩いていると、背後から塩屋さんに呼び止められた。
まだ部活の時間帯で、他に中学生の姿はない。
塩屋さんは、小走りになって俺に追いついた。
「ちょっと……公園、寄ってくれる?」
何の用だろう? ギョウチュウ検査は、ちゃんと提出したよな?
俺は戸惑いながらも頷いて、塩屋さんと一緒に公園に入った。
芝生エリアから少し離れた木陰のベンチに座る。
二人の間には通学鞄。芝生の上でよちよち歩きの子供と、その母親たちが遊んでいる。
「あ……あのね……あの……」
塩屋さんは、黄色い風船で遊んでいるちびっこの方を見たまま、震える声で言った。
「須磨さんから聞いたんだけど……チョコ……って言うか、バレンタイン……ダメだったんだってね。私……知らなくって……友田君、迷惑掛けちゃって、ゴメンね」
「えっ!? あ……い、いやいや、そんな、そんなのフツー知らないし! いいって! 塩屋さん、全然悪くないから! いいから!」
「ベルマーク拾うの、手伝ってくれてありがとう」
塩屋さんは、ちょっとこっちを向いて、また、すぐに子供たちが遊ぶ芝生に目を戻した。
話が見えない。
「ベルマーク?」
「去年……二学期の終わり頃……」
思い出した。
去年、塩屋さんは厚生委員だった。
放課後、クラスで集めたベルマークを生徒会室に持っていく時に、手が滑って回収用の紙袋を落としてしまった。
塩屋さんは階段を降りる途中、俺は昇るところだった。
他に誰も居なかったので、俺は無言で階段に散らばった大量のベルマークをちまちま拾い集めて、袋に入れた。
特に会話とかは、なかった筈だ。
「あのチョコ、その時のお礼。手伝ってもらった時は、慌ててたから、ちゃんとお礼言えなくて、いつか言わなきゃって……それで、遅くなったけど、お礼チョコ、渡そうと思って……」
なんだ。ハハッ……
好きとか、告白とかじゃなくて、お礼だったのか。ほぼ義理だ。
「いやいや、いいよいいよ。気を遣わなくて。そんなの、誰か困ってたら、助けるのなんて当たり前だし」
塩屋さんは、鞄から小さな紙袋を出した。
「クッキーだったら大丈夫って、聞いたから……」
情報源は須磨春花か。
受け取らない理由は……もうない。
お礼を言って、有難く受け取った。
家に帰って紙袋を開けたら、チャック袋に入った手作りらしき歪なアーモンドクッキーの他に、小さな封筒が入っていた。
可愛い便箋には、さっきの話の他「それから、ずっと見ていました。何でも一生懸命まじめに頑張っている友田君は、かっこいい人だと思います。これからも頑張って下さい」と言う謎のメッセージと、携帯のメルアドが書いてあった。
お礼のチャンスを窺い、凝視していたことの申告と……
恩人への社交辞令……なのか?
真意はよくわからないが、悪い気はしなかった。
アーモンドクッキーは、香ばしくて美味しかった。
須磨春花に言うのと同じノリで、お礼と感想のメールを送った。
件名:友田です
本文:クッキーわざわざありがとうございました。
香ばしくて美味しかったです。今度、自分でも作ってみます。




