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碩学の無能力者  作者: 髙津 央
第12章.引越し

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92.お礼に

 六月の第三金曜日。

 昼休みに思い切って、赤穂(あこう)(ともえ)を家に誘ってみた。


 「月末に引越すことになったんだけど、明日、良かったら家に来てくれないか?」

 「引越しって、何処にだよ?」

 「事情があって言えないんだ。すまん。手紙は無理だけど、メールはするから」


 赤穂はそれ以上つっこまず、明日の昼過ぎに、俺の家に来ると約束してくれた。事情を知っている巴も、快諾してくれた。


 「友田君、待って」

 帰りに瀬戸川(せとがわ)公園沿いの道を歩いていると、背後から塩屋(しおや)さんに呼び止められた。

 まだ部活の時間帯で、他に中学生の姿はない。

 塩屋さんは、小走りになって俺に追いついた。

 「ちょっと……公園、寄ってくれる?」


 何の用だろう? ギョウチュウ検査は、ちゃんと提出したよな?


 俺は戸惑いながらも頷いて、塩屋さんと一緒に公園に入った。

 芝生エリアから少し離れた木陰のベンチに座る。

 二人の間には通学鞄。芝生の上でよちよち歩きの子供と、その母親たちが遊んでいる。


 「あ……あのね……あの……」

 塩屋さんは、黄色い風船で遊んでいるちびっこの方を見たまま、震える声で言った。


 「須磨さんから聞いたんだけど……チョコ……って言うか、バレンタイン……ダメだったんだってね。私……知らなくって……友田君、迷惑掛けちゃって、ゴメンね」

 「えっ!? あ……い、いやいや、そんな、そんなのフツー知らないし! いいって! 塩屋さん、全然悪くないから! いいから!」


 「ベルマーク拾うの、手伝ってくれてありがとう」

 塩屋さんは、ちょっとこっちを向いて、また、すぐに子供たちが遊ぶ芝生に目を戻した。


 話が見えない。


 「ベルマーク?」

 「去年……二学期の終わり頃……」


 思い出した。

 去年、塩屋さんは厚生委員だった。


 放課後、クラスで集めたベルマークを生徒会室に持っていく時に、手が滑って回収用の紙袋を落としてしまった。


 塩屋さんは階段を降りる途中、俺は昇るところだった。

 他に誰も居なかったので、俺は無言で階段に散らばった大量のベルマークをちまちま拾い集めて、袋に入れた。

 特に会話とかは、なかった筈だ。


 「あのチョコ、その時のお礼。手伝ってもらった時は、慌ててたから、ちゃんとお礼言えなくて、いつか言わなきゃって……それで、遅くなったけど、お礼チョコ、渡そうと思って……」


 なんだ。ハハッ……

 好きとか、告白とかじゃなくて、お礼だったのか。ほぼ義理だ。


 「いやいや、いいよいいよ。気を遣わなくて。そんなの、誰か困ってたら、助けるのなんて当たり前だし」

 塩屋さんは、鞄から小さな紙袋を出した。

 「クッキーだったら大丈夫って、聞いたから……」


 情報源は須磨春花(すまはるか)か。

 受け取らない理由は……もうない。

 お礼を言って、有難く受け取った。


 家に帰って紙袋を開けたら、チャック袋に入った手作りらしき歪なアーモンドクッキーの他に、小さな封筒が入っていた。


 可愛い便箋には、さっきの話の他「それから、ずっと見ていました。何でも一生懸命まじめに頑張っている友田君は、かっこいい人だと思います。これからも頑張って下さい」と言う謎のメッセージと、携帯のメルアドが書いてあった。


 お礼のチャンスを(うかが)い、凝視していたことの申告と……

 恩人への社交辞令……なのか?


 真意はよくわからないが、悪い気はしなかった。

 アーモンドクッキーは、香ばしくて美味しかった。

 須磨春花に言うのと同じノリで、お礼と感想のメールを送った。


 件名:友田です

 本文:クッキーわざわざありがとうございました。

    香ばしくて美味しかったです。今度、自分でも作ってみます。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
野茨の血族」 巴君のその後。
虚ろな器」 高校生になった友田君が登場。
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