09.家計簿
帰ってすぐ、冷蔵庫内の所定の位置に隠された封筒を出し、中身を確かめる。
三千円也。
これで、家族四人、一週間分の食材を調達するのか……
まぁ、どうせクソ兄貴は彼女の所に入り浸りで、オカンはどっか行ってる。
朝以外は、姉ちゃんと二人分だけだし、毎回なんとかなっていた。
オカンは家計簿をつけない。
なのに、俺達のおつかいチェックは、やたら厳しかった。毎回、レシートと釣銭を提出させて、電卓で計算する。
完全に姉ちゃんと俺を泥棒扱い。
買物の内容ではなく、お釣りを盗んでいないか、調べているだけだ。
クソ兄貴は小学生の頃、コンビニとかで万引きして、何度も捕まっていたが、姉ちゃんと俺は、泥棒なんて一回たりとも、したことがない。
「創歌瑠たんは、おこづかいが足りないと、万引きしちゃうから」と、クソ兄貴には毎月、万単位の現金を渡している。
姉ちゃんと俺は、小学生の頃から一度も、おつかいを褒められたことも、労われたこともない。
うっかり、オカンの嫌いな食べ物を買って、殴られたことならある。
姉ちゃんが、小五の家庭科の時間に「家計簿」を習ってからは、おつかいと光熱費分のみ、家計簿を付けている。
それ以外の金の流れは、知らないので記録できない。
オカンは、姉ちゃんと俺が使う金は、家族用の買出しでも、鬼の形相で監視するのに、姉ちゃんと俺がもらった金は、祖父ちゃん祖母ちゃんが「学費の足しにしなさい」と、積み立ててくれた定期預金でも、勝手に解約して使い込んでいた。
数年前、姉ちゃんがゴミ捨ての時に、生ごみの中から、残高ゼロの通帳を見つけた。
姉ちゃん名義百二十万、俺名義七十万貯まっていたが、解約されていた。
姉ちゃんは通帳を拾い上げて、洗ってからビニール袋に入れた。
「時機が来たら、お父さんに相談しよう」と言って、タンスの下に隠してある。
その時機とやらは、いつ来るんだろう……
俺は、エコバッグを持って家を出た。
まずは、駅前のスーパー。
一斤九十八円の食パンと、冷凍の鶏肉と特売の卵を買った。
それから、商店街の八百屋「本山商店八百源」で、新鮮な野菜を買う。
スーパーの特売品の方が安いが、野菜はいつも、ここで買っている。
八百源の本山婆さんは、俺が買物に行くと、いつも「おつかい? 偉いね。お母さんには内緒だよ」と、おつかいのご褒美として、百円玉を握らせてくれるからだ。
婆さんに家の事情を話したことは、ない。
小一の時からずっとこうで、今日もニコニコ褒めてくれた上に、ご褒美もくれた。
当初、遠慮して断っていたが「子供が遠慮しなさんな」と、笑いながらポケットに入れられたので、今はお礼を言って受け取っている。
八百源でもらった百円玉は、オカンに見つからないように隠してある。
学習机の引き出しの裏に貼り付けた封筒に入れ、千円貯まったら、お札に両替して、別の場所に移す。
お札は複数の封筒に分散して隠し、今の所は、見つかっていない。
小一から現在までの「八百源貯金」は、五万一千円になっていた。