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碩学の無能力者  作者: 髙津 央
第01章.新学期
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05.放課後

 放課後。

 俺は職員室で、担任の明石(あかし)先生に、これまでの経緯とクラスを替えて欲しい旨を伝えた。


 途中、何度も噛んだり詰まったりしながらも、何とか話し終えた。

 鼓動は激しく、椅子に座っているのに膝が笑い、顔は熱いのに、背中には冷たい汗の川が流れていた。


 明石(あかし)先生は、手帳にメモを取りながら最後まで黙って聞いて、口を開いた。

 「小学校からの引継書は読んだよ。もう十年以上経って、当時とは状況もかなり変わったと思うが……心配か?」

 「その時、俺はまだ、赤ちゃんでしたし、他にも色々ありましたし……」


 「最近のお母さんの様子は、どうかな?」

 「最近……いえ、小一の頃から、母は留守がちで……よくわかりません」

 「まぁ、何かあったら、お父さんや須磨さんのお家の人と、相談しよう」


 お人好しで穏やかで「(ホトケ)明石(あかし)」と呼ばれる数学教諭は、俺の肩をポンと叩いた。

 「心配する気持ちはわかる。でも、お母さんは、校内を見られないじゃないか。須磨(すま)さんとも、学校では普通に話しても大丈夫なんじゃないか?」


 仏の明石、わかってねぇ!

 世の中、性善説で見てたら、命が幾つあっても足りないよ!

 須磨家の人たちがどんだけヤバイ目に遭ったと思ってんだ!

 引継(ひきつぎ)にも載ってるだろ! 警察沙汰だよ! 事件なんだよ!


 俺の心の声に気付くことなく、担任はお茶を一口飲んで、穏やかな声で言った。

 「わざわざ、お母さんに告げ口する子が、居ると思うか? 同じクラスでなくとも、小中と、同じ学校に通うことについては、何も言ってないんだろう? 大丈夫だよ」

 仏の明石の慈愛に満ちた微笑みに、うっかり和みそうになり、気合いを入れ直す。


 おっさんは他人事(ひとごと)だから、余裕で笑ってられるんだよ。

 大丈夫の根拠を教えてくれよ、先生!


 「あ……あの、でもホント、マジで、迷惑掛けたくないんで……」

 「友田君はしっかりしてるんだな。子供なんだから、大人の……保護者であるお母さんの行動の責任なんて、君が背負わなくてもいいんだよ」


 大人も子供も関係ない。

 今ここで誰かが何とかしないと、また警察沙汰になる。

 今度こそ、刑事事件として、起訴されるかもしれない。

 オカンが犯罪者になる。

 そうなったら、俺と姉ちゃんの人生は詰む。


 「これからは、お母さんのご両親とお父さん、それと、先生に任せておきなさい。君の仕事は勉強や部活を頑張って、中学生らしく恋や遊びを楽しむことなんだ。わかるね?」

 俺は尚も担任に食い下がった。

 「あの……でもホント、ウチの母マジでヤバくて……!」

 「何かあったら、先生が責任を取る。大人だからな。……腹減ったろ? 今日はもう帰りなさい」


 何か起こってからじゃ……

 誰かの人生が終わってからじゃ取り返しがつかないのに……


 仏の明石は、引出しからバタークッキーの小袋を出して、俺の手に握らせた。


 今日は……

 いや、子供の俺が、一人で食い下がっても無駄らしい。

 仕方がない。

 誰か親戚に言って、話を付けてくれるように頼もう。


 俺は礼を述べて、職員室を後にした。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
野茨の血族」 巴君のその後。
虚ろな器」 高校生になった友田君が登場。
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