03.委員長
俺は、溜息を吐いて窓の外に目を向けた。
桜は三日前の雨で散り、花弁の残骸が、グラウンドの隅にこびりついている。
教室では、お決まりの自己紹介が進んでいる。
座席は出席番号順。
男女各一番の赤穂潮と網干翠が、問答無用で学級委員に任命され、場を仕切っている。
赤穂と同じクラスになれたのは、僥倖だった。
俺と姉ちゃんは、バレンタイン事件とその後に起きた騒動で、色々と諦める癖がついた。
誰かと仲良くなると、オカンに全力で潰される。
恐怖と、相手への申し訳なさで、一人も友達を作らなくなった。
遊びに誘われても断って、断って、断って、断って、断って、ぼっちを貫いている。
姉ちゃんはトラウマになっているらしく、卒業アルバムや卒業生名簿も家に持って帰らず、学校で捨てていた。
「私なんかとは、少しでも接点残さない方がいいから」
そう言った姉ちゃんは、怖いくらい無表情だった。
俺も姉ちゃんに倣って、小学校の卒アルと名簿は捨てて帰り、幼稚園の卒アルも大掃除の時に捨てた。
修学旅行や遠足では、常にカメラマンの背後に回り、集合写真以外、全て回避したので、そもそも俺は最低限しか載っていない。
赤穂潮は、小五の時に同じクラスだった。
俺は誰とも遊ばず、会話もしなくていいように、休み時間は、都立図書館で借りた本を読んで過ごしていた。
ある日「魔術師連盟 霊性の翼団概要」という国際機関のガイドブックを読んでいたら、赤穂が食いついてきた。
「友田君、魔法に興味あんの?」
俺は本から目を上げもしなかった。普通の奴はここで退く。
「俺も超! 興味あるんだ! 魔力がなくても使える術もあるんだって! 俺たちでも頑張ったら魔法使いになれるとか、夢広がりまくりだよな!」
「えっ?」
そんな事は初耳だった。
ここ……日之本帝国は科学文明の国で、魔力を持っている国民は、ごく僅かだ。それも魔法文明国の人とのハーフとかで、純粋な日之本帝国人では、皆無といってもいい。
俺も赤穂も純日之本人だ。
「俺さ、中学になったら、魔術士検定受けるんだ。友田君、魔検知ってる?」
「え……? あぁ、うん」
魔検……魔術士検定は、霊性の翼団とは別の魔術士連盟「蒼い薔薇の森」が実施している検定だ。
初歩的な魔術を使う技能や、魔法の知識レベルを認定する初心者向けの検定試験。
ぶっちゃけ、ガチの魔法文明国では、お子ちゃまレベル。
主に魔法と科学を折衷している両輪の国と、科学文明国向けの検定だ。
日之本帝国で魔検を受けても、就職とかで有利になる訳ではない。知る人ぞ知る趣味系のマイナー検定扱いだ。
「うおぁあぁ! 知ってるッ! 初めてだッ! 魔検知ってる奴! 初めて会ったよ!」
「俺に関わるな」
俺の肩をバンバン叩いて大喜びしている赤穂に、なるべく冷たく言ってやった。
「何で? オカルト仲間じゃん。あ……霊性の翼団しか認めないとか?」
「違う。そうじゃなくて……」
俺は事件の詳細は伏せて、俺と関わり合いになると、酷い目に遭うことだけを説明した。
それでも、赤穂はめげなかった。
「平気平気。災難除けの護符持ってるから、大丈夫だって」
仕方なく「会話は学校内のみ、絶対にウチに来ない、電話もしない」と約束させた。
小六と中一は別のクラスだったが、放課後に三十分程、教室に残ってオカルト話に興じた。
俺にとって、その三十分はギリギリの自由時間だった。
同じクラスになった今年は、もう少し赤穂と話せるかもしれない。
瀬戸川区立第一中学校二年三組。
小学校の時と同じ手段を使えば、俺はこのクラスに居られなくなる。
だが、須磨春花達の命には代えられない。
赤穂、塩屋さん、須磨春花。三人をオカンから守るには、そうするしかない。
俺は無力だ。
大人になんとかしてくれるように、頼むことしかできない。
自分の無力が歯痒い。
魔法か何かで、オカンを大人しくさせられればいいのに……
それが、俺のオカルト研究の最大の動機だ。
それが可能なら、姉ちゃんも助けられるのに。