02.幼馴染
後者……「絶対に接触してはならない」須磨春花は、本気で洒落にならない。
最悪の場合、死傷者が出るかもしれない。
俺と須磨春花の家は隣同士。
同じメーカーの建売住宅で、新築当時……俺たちが生まれる前から住んでいる。
何もなければ、幼馴染として育つ筈だった。
事件は、俺たちが一歳の冬。
バレンタインデーに起こったらしい。
経緯は、幼小の頃から折に触れ、祖父ちゃん祖母ちゃん姉ちゃんに説明されている。
だが、俺の理解の範疇を超えていて、何度聞いても意味がわからない。
言語的な意味は理解できても、何故そうなるのか……因果関係がさっぱりわからない。
取敢えず理解できたのは、ウチのオカンがマジキチで、須磨さん一家や近所の人、姉ちゃんたちが通っていた幼稚園に、迷惑を掛けまくった……ということだけだ。
当時、俺の姉ちゃんと須磨春花の兄ちゃんは、幼稚園の年中組だった。
他の幼稚園は遠かったり、費用が高かったりするので、この辺の子は大体みんな同じ園だ。
祖父ちゃんには「女の子と仲良くなるのは、一人前になって独立してからにしなさい」と、噛んで含めるように言われた。
祖母ちゃんには「女の子とお友達になるのは、大人になって家を出てからにしなさい」と、繰り返し何度も言い聞かされた。
姉ちゃんには「男の子のお友達も家に連れて来ちゃダメ。教室とか、外から見えない所で遊んで、絶対、お母さんにバレないように気を付けて」と悲愴な顔で言われた。
オカンには、姉ちゃんと俺だけ、交友関係にケチを付けられ続けて育った。
父ちゃんは元々出張が多く、現在は単身赴任中。たまに家に居ても寝てばかり。
クソ兄貴が俺に絡んでくるのは、八つ当たりする時だけなので、全く会話が成立しない。
須磨春花の兄ちゃんは、国立大学附属小学校を受験し、現在は、附属高校の寮に入っている。
須磨春花は、兄ちゃん程勉強が得意ではないらしい。小中と受験に失敗し、仕方なく俺と同じ瀬戸川区立に通っている。
お互い持家でローンがあって、そう簡単には引越しできないからだろう。
事件後、警察と弁護士の介入で、両家の間に不可侵条約のようなものが締結された。
以来、俺たち……友田家と須磨家の人々は、没交渉を守っている。
須磨春花とは同い年で、幼小中と同じ所に通っているが、一言も喋ったことがなく、挨拶すらしたことがない。
ある朝、通学路で距離を保つ為に、春花の動きを目で追っている所を見つかり、その場でオカンにボコられた。
それ以来、春花の姿を直視することも避けている。
近所の人たちも事情を知っている為、回覧板の順番やゴミ捨て場の掃除当番など、町内会活動では、配慮してくれていた。
だが、自分の家の子が、俺達三兄姉弟と遊ぶことは、禁止しているらしい。
俺と姉ちゃんには、友達と遊んだ記憶が、幼稚園のほんの一時期しかない。
小学校の時にも一度、俺達は同じクラスになってしまった。
俺は小二の始業式の日、担任に頼んで、電話で祖父ちゃんを呼び出してもらった。
校長先生や他の先生とも話し合った結果、「書類ミス」ということにして、俺は翌日、隣のクラスに移された。
こうして不可侵条約が守られ、小二の惨劇は回避された。
小学校からの引継ぎで、中学校にもこのことは伝わっている筈だ。
瀬戸川区立第一中学校は、十数年前の事件を「既に終わった過去」として、処理してしまったのだろうか。