01.同級生
「野茨の血族」と全く同じシーンが何度か出てきます。
「野茨の血族」は政晶を中心とした第三者目線。
この「碩学の無能力者」は、友田の一人称目線。
同じシーンを読み比べてみると、面白いかもしれません。
印歴二二一三年四月、中学生活の二年目が始まった。
帝都の空はうっすらと雲に覆われ、晴れとも曇りともつかない曖昧な天気だ。
「君たちは、先輩が卒業して後輩が入学した中堅の学年で云々……」
始業式で校長先生が、新二年生に向けて何やら有難そうな話をしていたが、部活に入っていない俺には、ほぼ無関係な話だった。
委員さえ押し付けられなければ、他学年との接点は、ほぼ無くなる。
今年も空気に徹していれば、回避できる筈だ。
俺は、他学年に上下を挟まれた事よりも、クラス替えの発表に戦慄していた。
よりにもよって、決して同じクラスになってはならない者と、絶対に接触してはならない者が、同じクラスになってしまった。
前者は塩屋七海。
小学校は他校出身。去年同じクラスになった。
誰もが思わず振り向くような美少女ではないが、充分可愛くて女の子らしい女の子だ。
校則をきちんと守って長い黒髪を地味な色のゴムでまとめ、スカートは膝下十センチ。まじめで大人しい系の女子グループに所属している。
去年はベルマークの集計をする厚生委員をしていた。
どこのクラスにも数人は居る、目立たない普通の女の子だ。
ほんの二か月前、バレンタインにチョコを渡されそうになって、全力でお断りした。
俺には事情があって、塩屋さんの事を好きかどうかとは関係なく、誰からもチョコを受取ることができない。
事情が特殊過ぎて上手く説明できず、しかも生まれて初めて女の子に好意を向けられる事態に、狼狽えてしまった。
「ダメ! 無理! オカンが怒るから! ヤバイ! ぜ……絶対ダメ! ヤバイから!」
放課後、吹奏楽部のパート練習の音が鳴り響く校庭の片隅で、叫んでしまった。
塩屋さんは、精一杯頑張ったのであろう、手造りらしき拙い包みを抱え、絞り出すような声で、ごめんね、と言い残して、俯いたまま帰って行った。
冬の弱々しい夕陽を受けたリボンが綺麗だったことを、やけに鮮明に覚えている。
翌日、塩屋さんは学校を休んだ。
それ以来、俺は塩屋さんに避けられ、塩屋グループの女子に白い眼で見られている。
女子グループに「マザコン」と罵られないと言うことは、塩屋さんは、俺が口走ったことをみんなには、言っていないのだろう。
いい子だ。俺には勿体ない。
そして、申し訳なさ過ぎる。
また一年間、俺と同じ教室で過ごすことに、塩屋さんの精神が耐えられるのか。心配だ。
だが今の俺には、塩屋さんが早く他の奴を好きになって、俺を忘れてくれるように祈ることしかできない。
自分の無力が歯痒い。
俺なんかより、もっとイイ奴を紹介できればいいが、幼稚園から今まで辛うじて友達と呼べる奴は、オカルトマニアで有名な「変人」赤穂しかいないので、それも不可能だ。
俺は、外見も成績もスポーツも平均点くらい。
ぼっちで、部活に所属せず、休み時間は予習か読書。
昼休みは一人で弁当を食った後、図書室に入り浸り。
授業で当てられた時しか喋らない。教室では空気だ。
塩屋さんが、俺のどこをどう見て、チョコをくれようと思ったのか、謎だ。
コミュ障のぼっちが可哀想だから、義理チョコくれてやるよ……
という雰囲気ではなかったし、その後の反応からも、塩屋さんの本気が窺われる。
こんな俺なのに、一日学校を休むくらい、本気で想ってくれた。
そんな塩屋さんを危険から守れたことだけが、唯一の救いだった。