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異世界に普通を求めて何が悪い!  作者: 無頼音等
第一章 交易都市
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第7話『俺は悪くない……筈』

 バルジ村はノルマンディア大陸の中でも一際ど田舎な村だ。

 建物は全て木造建築で、人工物らしき物は指で数えられる程度しか存在しない。商売をするよりも狩りや畑仕事に力を注いでおり、完全な自給自足を実現している。

 因みに遠藤拓也がこの村を初めて訪れた時に抱いた感想は「火をつけたらよく燃えそうな場所だな」、というものだったらしい。


 バルジ村の中で最も大きな建物の冒険者ギルドでは、いつものように静かな時間が流れていた。


 「あれ、もう予備の『転移紙トランスファー』も無くなっちゃったの?」

 「“もう”って……よくそんなことが言えるわね。あんたが好き勝手に持っていっちゃうから無くなったのよ?」


 冒険者ギルド唯一の受付員、ノイ・ピンケージは溜息を吐きながら目の前に立つ少女を睨んだ。その少女の名前はリーシャ・スカーレット。村長の一人娘だ。

 リーシャは今日も巫女服という白と赤を基調とした装束を身に付けていて、自前の紅髪を背中に流している。その姿は清光を放っているようで、初めて彼女を見る者に敬服の念をもたらすことだろう。


 「だって一枚だけじゃ私の想いをタクヤさんに伝えられないじゃない!」

 「そんなに伝えられても彼が困るだけだって! それにあの紙だってタダじゃないんだからね!」


 しかしリーシャの本質は限りなく残念なものだ。外見と内面は全く噛み合っておらず、彼女の行動には必ず何かの問題が発生する。

 料理をすれば鍋の中身が腐界となり、畑仕事をすれば余計な後始末を増やし、子供の面倒を引き受ければ逆に子供に面倒を見てもらう。リーシャという人間はそんな駄目人間だった。そんな彼女の恋がまともなものである筈が無く、ノイはますます深い溜息を吐くことになった。


 「タクヤさんは私がいないと駄目なの! だから私が一杯手紙を送って励ましてあげなくちゃ」

 「大丈夫でしょ。向こうにはリーゼちゃんもいるんだから」

 「それが一番心配なの! 何なのあいつ! 冒険者でもないくせに! ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい……!」

 「ねえ、負のオーラを出すなら他所に行ってくれないかな?」


 ノイはうんざりしたように肩を竦め、ドス黒いオーラを噴き出す少女にアドバイスを送る。


 「そういえばタクヤ君、『村に帰ったらまずリーシャの飯が食いたいな』って言ってたわよ。今のうちに練習しておかなくていいのかしら?」

 「そういえば最近、稀少鉱石の発掘でお父さんが忙しいって言ってたから料理を頑張らないといけなんだった。急いで帰らないと!」


 拓也はノイにそんなことを言っていない。しかし都合のいいことなら簡単に信じてしまうリーシャにこの嘘は絶大な効果をもたらした。


 影も頭も薄い村長は恐らく味見という名の実験台にされるのだろうな、とノイは先の展開に苦笑を浮かべながらリーシャの後姿を見送る。そしてギルドの中がやっと静かになったところで、彼女は己の仕事を再開するのであった。



***



 俺は身の毛もよだつ悪寒を感じてベッドから飛び起きた。

 アルカとリーゼの姿は見当たらず、昨日送られた筈の手紙の山も姿を消している。多分手紙の方はリーゼの炎で塵になったんだろうな。

 窓を見ると日が既に高く昇っていたので、時間的に今は昼なのかもしれない。

 俺も疲れてたんだな。こんなに遅く起きたのは久しぶりだ。


 「おや、起きたみたいだね」


 なんと。真後ろからいきなり声を掛けられた。


 「……タウさん、部屋に入る時はノックしましょうって教わらなかったのか?」

 「ノックってなんだい?」

 「それはノックそのものを知らないのか? それともそんな言葉は自分の辞書に載ってないって意味か?」

 「後者だね」

 「引っ叩くぞこの野郎」


 俺が怒った振りをしてもタウさんには反省の色が見当たらない。

 どうやら俺のボンバーヘアを弄っているタウさんには何を言っても無駄らしい。いつもより寝てる時間が長かったからか俺の寝癖は一段と酷く、それがタウさんの琴線に触れてしまったようだ。


 「もっふもっふ!」

 「おいコラやめろ。寝癖が酷くなるだろ」

 「もっふもっふ!」

 「聞こえてねえ……」


 色々抵抗してみたが、結局俺はタウさんが満足するまで髪の毛を弄られ続けた。変態にももふられたこと無いのに。……もふられたって何だ。

 正気に戻ったタウさんは俺の頭を熱い視線で見つめながらも、ここへ来た用件を教えてくれた。と言ってもリーゼ達がここにいない理由を聞かされただけだが。


 「リーゼとアルカはババアと一緒に工業区に向かった?」

 「うん。アルカちゃんを家まで送るついでに、荷物持ちが必要だからってお婆ちゃんがリーゼちゃんも連れていっちゃった。多分お婆ちゃんなりに彼女達を鬼畜から守ろうとしてるんだろうけどね」

 「まだそのネタ引っ張るのか。ていうか鬼畜じゃねえよ! あと、さり気なく俺の頭に触んな!」


 俺は会話の中で何度も飛んでくるタウさんの手を全て叩き落とす。叩き落すがタウさんの手はしつこく俺の頭に触れようとしてくる。

 この諦めの悪さはあのババアの執念深さと通じる部分があるな。二人の血が繋がってるのか知らないけど。


 なんとかタウさんを部屋から追い出した俺は、すぐに出掛ける準備を済ませた。勿論寝癖は直してある。そうしないとタウさんが暴走するからな。一分一秒も無駄にできない以上、無駄な障害は取り除いておくに限る。

 何故なら今日はリーゼがいない。つまり、俺は久しぶりに一人の時間というやつを満喫できるってことだからな!

 そういうわけで、俺はリーゼが帰ってこないうちに宿を飛び出した。全く、あのババアも少しは役に立つじゃねーか。ちょっと見直したぜ。



***



 賢い俺は昨日のことを踏まえて、お金をギルドの銀行に預けに来ました。

 相変わらず冒険者ギルドの中は賑やか過ぎて面食らうけど、そのうち慣れるだろうし今はそれどころじゃないから気にしない。


 「はぁ? すみません、もう一回言ってもらえませんかね?」

 「ですから、タクヤさんは武器をどうされてるのですか? 一昨日も今日も携帯されていないようですけど。冒険者としてそれらしい装備をすることは大事なことなんですよ?」

 「はははは。チェリアさんはおかしなことを仰りますね。冒険者らしいって何ですか? 武器を持っていれば冒険者なんですか? じゃあガラガラと音を鳴らす鈍器を持った赤ん坊は冒険者なんですか? 案外俺は徒手空拳で敵を倒せる実力者かもしれないのに冒険者ではないと?」

 「あ、いえ……そういうつもりで言ったわけじゃないんです! それに赤ん坊が持っているのは玩具のガラガラで鈍器じゃないと思います! あとタクヤさんは格闘家だったんですか!?」


 ……何で俺、こんな質問攻めにあっているんだ?

 今の状況に陥る一分前。お金を預け終えた俺は、チェリアさんに引き止められた。

 彼女はどうしても『第一級冒険者』の私生活を知りたいそうだ。それで俺は適当に相手していたわけだが、「どんな武器を使うのか」という話になった途端この有様だ。俺が武器を持っていないことを突っ込まれてしまった。


 俺にとって武器を持たないことは別に珍しいことじゃない。だってバルジ村で引き受けられる仕事に魔物退治とか滅多に無かったし。勿論最初の頃はきちんと防具とか武器とか装備してたけど、村の中で村長達のお手伝いすることが殆どだったから、いつの間にか手ぶらになっちゃったんだよな。それに俺が武器を持つと何故かリーゼが煩くなるし。そんな理由を積極的に話す気にもなれず、俺は曖昧にチェリアさんの質問を受け流した。


 「それにしても何で俺にそんなこと聞くんですか? Bランク以上の冒険者なら他にもいるでしょうに」

 「それは違うわ!」


 チェリアさんが机を叩きながら俺の言葉を強く否定した。思いのほか力が入っていたのか、叩かれた机から銃声のような大きな音が出た。咄嗟に周りの冒険者達が武器を構えて俺達に注目する。


 「ご、ごめんなさい!」


 顔を真っ赤にして謝るチェリアさんは可愛い。他の冒険者達も俺と同意見だったようで、頬を緩めながら許してくれている。それにしても……もしかしてチェリアさん、ドジっ子?


 「それで、何が違うんですか?」

 「は、はい……! えっとですね、第一級冒険者の多くは帝都に召集されてしまうので、他の都市には精々一人いれば良い方なんです。このパリーニュにも勿論一人いるんですけど、その人はもう冒険者を引退しているので実質的に今この都市にいる第一級冒険者はタクヤさんだけなんですよ」

 「なるほど。でもどうして第一級冒険者の私生活なんて知りたいんです?」

 「各ギルドでは第一級冒険者に最大限の支援をすることが決まっています。大きな功績を残した方には家具や武具の支給なんかもあります。ですから簡潔に私生活を把握しているだけでも、こちらはずっと支援しやすくなるんです」

 「……ふぁ?」


 俺は意味が分からなかった。何故なら全て聞き覚えがない言葉だったからだ。

 え……? 支援? 何ソレ。俺、一度もそんな話聞かされていないよ?

 咄嗟に村で仕事をしているであろうピンク頭の受付嬢が思い出されるが、俺は思考の海からすぐに現実へと帰還した。チェリアさんの思わぬ発言によって。


 「タクヤさんがこちらで完了させた仕事は大変重要な物資の運搬でした。流石に何かを進呈するほどの功績ではありませんが、ちょっとした要望であれば受け付けることができますよ?」

 「要望……ですか」

 「はい。昨日、上司に怒られた際にそうするように言われましたので」


 要望。それはつまりこちらのお願いを聞いてくれるってことだよね? ど、どんなことでも良いのかな!? 例えば「貴方のスリーサイズ教えてください」とかでも許してくれるかな……って、流石にこれは冗談だけど。

 ていうかさっき上司に怒られたとか聞こえたけど、やっぱりチェリアさんってドジっ子?


 動揺して雑念だらけになった俺は落ち着く為に今の俺の立場、現状を思い出し、何を願えばいいのか一心に考え抜いた。

 俺がこの都市に来たのは仕事が理由だが、観光したいという理由も含まれていた。そういえばなんだかんだで観光できてないな。それとできれば都会の女の子と仲良くなりたかった。今日はリーゼがいない。俺は自由だ。ヒャッハー!


 脳内会議でモヒカン頭の俺が騒ぎ立てるのを必死に抑えて、俺はとりあえず今一番の願いを口にしてみた。と言っても断られないように無難なやつを。


 「じゃあ観光がしたいんで、案内人になってもらえませんか?」

 「ふえ? それって……デートってことですか!?」


 なんだと!? 俺の言外の意味をあっさり看破された!? というかそんなこと大声で尋ねないで欲しかったな!

 ……待て待て。それよりも、これはどういうことだ。

 さっきまで賑やかな喧騒に包まれていたギルドの中は静まり返り、周囲から形容しがたい鋭い視線が集まってきた。普通人の俺にも感じ取れる気配ってことは……つまり?


 ((((――調子ニ乗リヤガッテ……ブッ殺スゾ))))


 「!?」


 どうやら俺は、この都市の冒険者達に喧嘩を売ってしまったようだ。


 「あの……不束者ですが、どうぞよろしくでしゅ!」

 「チェリアさん、その言い方は色々間違ってる! 嬉しいけど! 嬉しいけど空気読んで欲しかった!」


 顔を真っ赤にして頭を下げるチェリアさんは可愛い。他の冒険者達も俺と同意見だったようで、だからこそ許してくれるつもりはないようだ。おい、青筋立てながら武器をこっちに向けるな。危ないから!


 今日はトラブルメーカーのリーゼがいないっていうのに、どうしてこうなった!?

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