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異世界に普通を求めて何が悪い!  作者: 無頼音等
第一章 交易都市
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第6話『ツインテールに巻かれて』

先日レビューを頂きました。

まだ数話しか出していないのに、本当にありがとうございます。

(わお♪ ちゃっかりハードルが上げられてましたよ。別に気にしないけどね)

 よく見るとババアが睨んでいるのは俺じゃない。睨まれているのは俺に抱きかかえられている少女の方だ。


「…………」

「…………」


 少女は気まずそうにババアから目を逸らしている。そしてそれに呼応するように彼女のツインテールがふにゃりと動き、そのまま俺の腰に巻きついて……って、ええ!? 何なのこいつの髪、生きてんの!?


 ババアはもう一度口を開きかけたが、少女が衰弱していることに気付いたのか何も言わず奥の部屋に消えていった。一体何なんだよぉ……。


「エルメダさんとこのツインテール小娘、知り合いだったんですかね?」

「そんなこと部外者の俺が知るかよ」


 ていうかエルメダさんって誰だよ。そんな名前の知り合いなんていたっけ?

 リーゼが口にした名前に疑問を覚えていると何処かからおたまが飛んで来た。ツインテールがそれを叩き落してくれなかったら、俺は頭部が無くなって死んでいたかもしれない。……この宿では首を傾げることさえ許されないのか!

 この宿に泊まるのやめようかな。「褒めて褒めて~!」とピコピコ揺れるツインテールを見つめながら、俺はそう思った。


 そんなことがあった後、俺は自分が借りている部屋でようやく少女を休ませることができた。因みに少女をベッドに寝かせるところまでは問題なかったんだが、彼女のツインテールが俺の腰に巻きついたままなので身動きが取れない。剥がそうとしてみたら狂ったように毛先が跳ねて俺の手をパシンと叩いてくるし。どうしよう。なんか未知の生命体に寄生された気分だ。


「……はい」

「お、おう」


 ツインテールと格闘していた俺をじっと見つめていた少女は、スカートのポケットから小さな革袋を取り出した。どうやら盗んだ物を返してくれるらしい。俺はその袋を受け取った後、中にきちんと金貨が入っているか確認してポーチの中にしまっておいた。これは後で銀行に預けておこう。


「ところで聞いていいか? 何でこんなことを?」


 これはとても大切な質問だ。どうしても聞いておかなければならないと思った。


「…………」

「駄目か?」

「…………!」

「なあ、頼むよ」

「…………っ!!」


 俺は泣きそうになりながらもだんまりを決め込む少女に懇願した。しかし少女は首をふるふると真横に振って頷こうとはしやがらない。俺は子供相手に大人気ないと思いながらもつい声を荒げてしまった。


「なんでこの髪、俺を捕まえて放そうとしないんだよぉおおおおおおおおおおおお!」


 少女の髪はいつの間にか俺の腰だけじゃなく、俺の腕や首にまで巻きついていてちょっとしたホラーな状態になっている。しかもこのツインテールは力強く体を引っ張り、俺を少女の傍まで引き寄せていった。


 なんでこの髪はこんなに器用に動くんだ! あれか、やっぱり別の生命体なのか!?


 リーゼが「ふにゅにゅ!」と変な声をあげながら少女の髪を引き離そうと頑張ってくれているが、それに抗おうとツインテールが暴れるように跳ねる。跳ねてリーゼの顔を殴打している。


「くっ……私は……負け……ん、ああっ!」


 駄目だ。ぺしぺしと少女のツインテールに叩かれる変態リーゼは、頬を赤らめて恍惚とした表情を見せている。本当に役に立たないなお前!

 そうこうしている間に巻き付いた髪に引き寄せられた俺は、何故か少女に抱きしめられていた。


「……ツインテールさん? どうかしたのか?」

「……アルカ」

「はい?」

「私、ツインテールじゃない。私の名前は……アルカ」

「分かった。……アルカ、だな」


 俺が名前を呼ぶと、彼女は俺の胸に顔を埋めたまま頷いた。その仕草が可愛くて、俺の中でシスコンという火が燃え上がりそうになる。間違ってもロリコンじゃないからな。

 とりあえずこの状況を何とかしたくて無造作に手を動かしてみるが、何をどうすればいいのか分からなかったので、結果的に俺は黙っていることしかできない。そんな俺に、アルカが蚊の鳴くようなか細い声でぽつりと呟いた。


「さっきは、助けてくれて、ありがと」


 本当に小さな声だったが、その言葉はしっかりと俺の耳に届いていた。俺はつい口が綻んで思わずアルカの頭を撫でてしまう。セ……セクハラ扱いされないよな?

 ともかく頭を撫でられたアルカは一瞬だけ体を震わせると、未だに顔を埋めたままだがようやく俺の体に巻きつかせていたツインテールを解放してくれた。その時後ろの方で「も……もっと……ぶって……」という声がしたのはきっと空耳だったに違いない。


 まあ色々と突っ込みたいことがあったような気もするが、こうして金も戻ってきたことだし、一件落着ってことでよしとするか。

 俺が安堵の溜息を漏らしたその時、ガチャリとこの部屋の扉が開いた。


「やっほー! なんだかお婆ちゃんが気にしてるみたいだったから様子を見に来てあげた……よ……」


 いきなり現れたタウさんは相変わらずメイド服だったが、俺達を見るなり笑顔が凍りついていた。どうしたんだろうと思って俺も部屋の周りを見渡してみる。


――恍惚とした表情で体を痙攣させているリーゼ。


――ベッドの上で抱きしめあっている俺とアルカ。


 なるほど。状況を理解した。


「お婆ちゃーーーーん! 鬼畜! 鬼畜がここにいるよーーーー!」

「だああああああああああああああ!? 待て! 誤解だからほんと待て! おいババア、包丁はシャレにならねぇからな!!」


 この後訪れたのは理不尽なまでの襲撃だった。

 飛んで来る無数の刃物を全力で避けながら俺は必死に弁明した。

 俺が生きてるうちにタウさんと妖怪ババアの誤解を解けたのは正直奇跡だったと思う。アルカはその間ガクガクと恐怖で震え、リーゼは未だにビクビク痙攣していた。


 リーゼ、お前は後で絶対ぶん殴る。

 俺は固く心に誓った。



***



 夕食を終えた俺は一人で部屋の窓にもたれ掛かり、夜空に煌く無限の星達を眺めていた。

 今の俺はまさしく貴族。くだらない愚民共とは一線を画す存在であり、王者の資格と同一の意味をもたらす孤独の道を歩むものなり。


「お兄ちゃんと一緒に寝るのは私なの!」

「ちがいますぅ! マスターと寝るのは私ですぅ! しかも寝るっていうのは大人な意味の方ですぅ! アルカちゃんには分かりまちぇんよねぇ~! ははは、ざまぁ!」

「きぃいいいいいいいいいいいい!」

「痛い! あんたのその髪、何でそんなに器用に動くのよ!? 痛っ! ちょ……この痛みは限度を超えてるって! ちょ、やめ……! マスター、助けてーー!?」


 煩い、話しかけるな。俺は貴様等愚民とは違うんだ。ちょ、肩を掴むな! 俺は部外者でいたいんだよ! うおお!? ツインテールが腕に巻きつきやがった!?

 俺は二匹のケダモノに捕まってベッドまで引き摺られていく。くそぉ……夜くらい静かにしやがれ馬鹿野郎!




『おい、黒坊主。一晩だけそのガキを泊めてやりな』


 アルカの素性や手癖が悪い理由を聞かされた後、ババアは疲れきっているアルカを休ませる為にそう言った。

 あの時の俺は元々アルカを休ませるつもりだったし、そもそもババアの決定に逆らえなかったので簡単にその言葉を受け入れてしまった。それが間違いだと分かったのはこうして夜を迎えてからだった。


 てっきりリーゼが嫌がると思っていたけれど、意外なことにアルカとリーゼは仲良しだった。まるで姉妹のように風呂も楽しそうに二人で入っていたくらいだ。

 杞憂だったと二人の良好な関係に安堵した俺は、アルカに夜更かしさせるわけにもいかないのでいつもより早く寝るように進言した。そこで俺達は大事なことに気が付いた。


 この部屋は二人部屋だ。ベッドが二つしか無いから誰かが同じベッドを使わなくてはならない。それが分かった瞬間、アルカとリーゼの関係は劣悪なものになった。


「お兄ちゃんと一緒に寝るのは私!」

「はぁ? 何? 寝言は寝てから言ってくれません? それとも笑えない冗談? どっちにしろ落第点の発想ね」

「お前等二人が一緒に寝ればいいだろうが」

「「それは嫌!」」


 まあこんな感じのやり取りがあって、俺は少々現実逃避をしていたわけだ。ああ、分かってるよ。現実から逃げられるわけがないってことくらい。

 それからアルカとリーゼを交互に見て思う。俺はどちらを選ぶべきなんだろうか。


「お兄ちゃん、頭撫でて~」

「マスター、体犯して~」


 俺は迷わずアルカと一緒に寝ることを選んだ。


「ちょっ!? マスター! そいつを選んだらロリコンの世界に堕ちてしまいますよ! それで良いんですか? マスターがあれだけ言っていた『俺はノーマルだ!』発言が嘘になりますよ!」

「アルカ、明日は早いからさっさと寝ような?」

「はーい!」

「ちょっとくらい私の話を聞いてもいいじゃん!」


 俺はもう疲れていた。濃密な一日を過ごして、心の余裕と現実を受け入れるキャパシティがとっくの昔にリミットブレイクしている。今なら超究なんとか斬みたいな凄そうな技が使えそうだ。

 無駄に喚いていたリーゼはアルカのツインテールで拘束されてハァハァ言ってるし、俺はこのまま夢の世界に逃げ込むとしよう。そういえば……今日は一度もこの都市を観光できなかったな。


 この時の俺は意識的に一つの問題から目を背けていた。そう、新たな問題は明日を待たずしてここに飛来している。

 部屋の隅に机がある。その上に一枚、また一枚と手紙が現れて積み重なっていく。手紙の量は制限なく増えていき、机からはみ出て床に落ちていく。そして床に落ちた手紙の一枚が俺の視線に入る形でベッドの傍まで滑ってきた。その一連の動きはまるで呪いが掛けられているようだ。


 読みたくはないのに、その手紙は勝手に開いていく。俺は金縛りにあったかのように目を閉じることも許されず、その内容を目に焼き付けられてしまった。それには禍月のような紅い文字で、手紙の幅ぎりぎりまで大きくこう書かれていた。


『返事 出せ』


 ……明日こそは、“普通”の一日を過ごせたらいいな。

 普段は神を信じない俺だが、この夜だけは心の底から本気で祈ってしまった。

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