第9話『魔剣使い』
偉そうにしてましたけど、新設定をこっちに移植した方が面白くね? ってことでこっちを進めることにしました。
「全く……次からは気をつけてくださいね? あと絶対に手を離さないでくださいね!?」
「……そんなに怖いんですか?」
「こ、怖くないもん! 禍月なんてへっちゃらだもん!」
「うわっ! 如何にもドジっ子みたいな喋り方だ! あ、もしかしてそっちが素なんですか?」
俺達が歩いているのは居住区の奥にある一角。すでに『竜の卵』は通り過ぎていて、人通りもすっかり途絶えていた。街灯の数も減っているおかげで、俺達の進む道は必要以上に暗くなっている。
俺は震えるチェリアさんの手を引きながら、そっと静かに苦笑を浮かべた。
……まさか禍月をこんなに怖がるなんてな。
この世界で紅い月が疎まれているのは知っている。俺の知り合いもその一人だ。だけど、チェリアさんのように泣くほど怯える人は初めて見た。
例え不吉なことが起きると言われていても、実際にそれが目の前で起きるわけじゃない。むしろその多くは気のせいで片付けられるような些細なもので、そこまで怖がる必要は無いのだ。
そんな俺の考えを察したのか、チェリアさんは言い訳がましく口を開く。
「タクヤさんはここに来たばかりで知らないと思いますけど、この都市には今……通り魔が出没しているんです」
「通り魔?」
「はい。先月辺りから事件が起こって……すでに三人も被害者が出ています。そしてその通り魔は必ず禍月の夜に姿を現すのです。だから私が怖がるのは普通で、私は決して怖がりというわけじゃありません!」
「力説するのは怖がりの方ですか……通り魔ねぇ」
そんな話は初めて聞いた。いや、まだこの都市に来て三日目しか経ってないし、まだギルドで情報収集もしていない。別に俺が知らなくても不思議じゃないか。
……そう思いつつ、俺は元の世界の知識から「隠蔽」という言葉を引き出していた。ほんの少しだけチェリアさんの手を強く掴み、辺りを警戒しながら質問する。
「何か対策とかしてるんですか? 大陸中に注目された観光都市ですから、あんまり大々的に動いているとは思えませんけど」
「えっと……一応冒険者達の協力を得て捜査はしています。でも、まだ犯人が『魔剣使い』ということしか分かっていません。全身を漆黒の鎧で隠しているので、正体は不明。未だに具体的な対策は取れていないのが現状です」
「それ、被害者の関係者達にも説明できる?」
棘のある口調で喋った俺の問いに、チェリアさんの体がビクッと反応した。
「説明は……私達ギルド職員や冒険者達の口から直接。……けど、納得は、してもらえませんでした」
「でしょうね」
観光都市は評判が命だ。その為、「都市内で殺人が起きた」という情報を世間に軽々しく流すわけには行かない。
まあ、その辺りの事情は帝都に相談でもすればなんとかしてくれるだろう。これは俺の勝手な憶測だが、多分、密かに精霊騎士団の一員がこっちに派遣されている筈だ。
だけどそれじゃ遅すぎる。周囲の目を気にしている間に新たな犠牲者が出てくるかもしれない。実に不誠実だ。それなのにまだ犯人が分かっていないなんて捜査結果、被害者の家族や友人達が納得するわけないだろう。
少なくとも、俺なら絶対に納得しない。
「……部外者の俺が言えたことじゃありませんけど、早くなんとかした方がいいですよ。今の悠長な態度から察するに、被害者は全員この都市出身の人なんでしょう。だけど、観光客が襲われたらもう隠しきれない」
「……はい」
俺は俯くチェリアさんを一瞥した後、夜空に浮かぶ紅い月を仰ぎ見た。
今まで散々面倒なことから逃げてきた俺が、よくもまあ偉そうに。我ながら呆れてしまう。
俺はチェリアさんに一言謝ろうとして後ろを振り返った。
「――――ッ!?」
その瞬間、俺はこの場に第三者の気配を感じ取った。
俺が感じ取れる気配はたったの一種類。全身の肌が粟立ったのも仕方がない。
「あの……?」
「走って!」
首を傾げるチェリアさんの手を引っ張って、俺は夜の道を駆け出した。
「ちょっ! えっ!?」
「いいから早く!」
戸惑うチェリアさんの足は遅い。そして得体の知れない殺気は物凄い速度で俺達に接近していた。
このままじゃ追いつかれてしまう。俺は軽く舌打ちをしながらチェリアさんを抱きかかえた。
「【ドライヴ】!」
「え、あの? ……きゃあああああああああああああああああああああああああ!?」
俺が持つ唯一の能力を発動させ、身体能力を最大限に上昇させる。そして両足に灯った銀光の残滓を置き去りに、俺は建物の屋根に飛び乗った。
殺気は下の方から感じる。どうやら相手は俺と同等の跳躍力を持っていないようだ。これならまずは一安心できる。
そう思った瞬間、俺は危険を感じて咄嗟に後ろへ飛び退いた。
「あっぶなっ!?」
さっきまで俺が立っていた場所を見えない何かが通過する。それを音だけで感知した俺は驚愕の声を上げた。
今のは間違いなく俺達の首を刈り取るつもりで放たれた攻撃だ。しかもスキルや魔法を使う時に起こる発光現象が見られなかった。つまり、相手は力技で空を切り裂いて斬撃を飛ばしたことになる。
冗談じゃない! そんな人間離れした攻撃ができる奴は『第一級冒険者』くらいだ。もしくは精霊武器を所持した精霊騎士団。それ以外に考えられるとしたら――。
「まさか……『魔剣使い』!?」
俺がその結論に達した時、漆黒の鎧が空を跳んだ。
「きゃああああああああああああああああああああああああっ!?」
「くそっ! 結局ここまで来るのかよ!」
俺はすぐ近くに着地した鎧を睥睨しつつ、泣き叫ぶチェリアさんを後ろに放り投げた。
そして両拳を固く握って臨戦態勢を取る。勿論、相手の観察も怠らない。
『……ほう。我が一撃を避けたか』
「さっきの斬撃のことか? あんなもん、リーシャの包丁捌きに比べたらどうってことなかったぜ。ていうかお前って喋るんだな」
目の前の相手は紫紺の大剣を構えている。俺には普通の剣にしか見えないけど、多分あれがさっきの攻撃を可能にした魔剣なんだろう。
それにしてもこいつ、一体何者なんだ?
『魔剣使い』は体格の判別がつかないほどでかい鎧に身を包んでいる。しかも声がくぐもっているせいで男か女かも分からない。……なるほど。正体不明と言われるわけだ。
「お前誰だ」
俺は率直に尋ねた。しかし、『魔剣使い』はそれを鼻で笑う。
『正体を明かすような愚か者に見えるか?』
「俺を襲う奴は全員馬鹿野郎か変態だよ!」
先手必勝。
俺は【ドライヴ】を使って瞬発力を引き上げる。両足に銀色の光を宿らせて、一気に『魔剣使い』との距離を踏み潰した。
『――ッ!?』
「俺はこういう面倒なトラブルが大嫌いなんだよ! 大人しく引っ込んでろ!」
そのまま全力の回し蹴りをくらわせ、『魔剣使い』を屋根から蹴り落とす。
その直後。よほど鎧が重かったのか、『魔剣使い』は結構派手な音を立てて地面に激突した。そして周囲に砂塵が舞い、ほんの一瞬だが奴の鎧姿を見失ってしまう。
「何の音だ!?」
「なんだよ? こんな夜遅くに……」
「……明日も早いってのに」
辺りの家から一斉に明かりがつく。どうやらさっきの音で住人達が目を覚ましたようだ。
しかし彼等が窓を開けた時にはもう遅く、そこに『魔剣使い』の姿は見当たらない。
俺は半ば呆然としながらその様子を眺めていた。
「なんだったんだよ……一体」
そこで後ろを振り向くと、すっかり放心状態になっていたチェリアさんと目が合った。彼女は何がなんだか分からないといった表情で、スカートの下からピチャピチャと謎の水を零している。何がなんだか分からない。
……いや、分かるんだけどさ。分かっちゃいけないものだよね。アレは。
「ふえっ……!」
「ちょっ!?」
「ふえええええええええええええええええええええええええええええええええええええん! びええええええええええええええええええええええええん! びゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「わー!? 待って待って! 下にたくさん人がいるからちょっと待って!?」
チェリアさんは黄金水をぶち撒けながら子供みたいに号泣した。
そのせいで何事かと屋根の下から喧騒が広がり始めている。このままじゃ不味い!
俺はチェリアさんを押し倒して口を塞ぎ、頭を撫でたり肩を擦ったりして必死に泣き止ませようと尽力した。何も知らない人から見れば完全な変態行為である。ふざけんな。
……一体どうしてこんな面倒臭いことになったのか。
俺は突然現れた『魔剣使い』を酷く恨んだ。
とりあえずシリアスは一旦ここで終わり。




