第8話『親切な人』
「あ、あの……すいません。本当は皆良い人達なんですよ?」
「……でしょうね。チェリアさんの一声でたちまち大人しくなるんですから」
俺はさっきまでの出来事を思い出す。
世紀末覇者のような剣呑な雰囲気を醸し出す男達に囲まれて、俺は自らの死を悟った。だがチェリアさんがその中に割り込み「やめてください!」と怒鳴ると、それだけで男達は落ち込んでその場に泣き崩れたのだ。
正直、厳ついおっさん達が泣いても気持ち悪いだけだ。実際、ギルド内にいた女性陣達は「うわぁ……」とか呻いていたし。でもそれくらい彼等はチェリアさんのことを慕っていたんだろう。そう考えるとなんだか罪悪感が湧いてくる。
俺は心苦しくなって今の状況を満足に楽しむことができないでいた。
「……どうしてそんなにニヤニヤしてるんですか?」
「あれ、俺そんな顔してました?」
べ、別に愉悦に浸ってたわけじゃないですよ!? これはアレです。観光が楽しみなだけです。
俺は不思議そうに顔を覗き込んでくるチェリアさんに、取り繕うような笑みを浮かべた。
落ち着け、俺。これはデートじゃなくてただの観光なんだ。チェリアさんも少し勘違いしていたけど、今はきちんと仕事の一つだと弁えてる。だから妙な期待は捨てるんだ!
「ところで、タクヤさんはこのギルド区のことはどこまで知ってますか?」
「え? いや、冒険者ギルドがあるってことくらいしか……」
商業区と居住区の二つは一応見て回っているし、工業区はここから遠いということで、俺達は今ギルド区の中を歩いている。
チェリアさんの説明によると、この地区はただの役所の集まりではなく、むしろ観光客が見落としやすい観光スポットがちらほら点在しているらしい。地元民しか知らない裏スポットみたいなものだろうか?
チェリアさんが最初に案内してくれたのはギルドの向かい側にある小さな治療院だった。
その建物は全体が白く、入口に十字架が刻まれていて教会によく似た外観をしている。
「ここは軽い傷なら無料で治してくれる場所なので、もし長期滞在するおつもりなら覚えておいて損はないと思いますよ」
「へぇ……! それは便利ですね」
俺はチェリアさんの言葉に目を見開いた。
この世界において、回復魔法を使える人間は非常に少ない。だからこそ、本来なら軽い傷を治すどころか診察するだけでも安くはない金がかかる筈だ。それなのにわざわざ無料で治療を行ってくれるとは、良心的過ぎて逆に心配するレベルである。赤字で潰れなきゃいいんだけど。
そんなことを考えて治療院をぼんやり眺めていると、突然扉が開いて中から白衣の青年が現れた。
「ん? 誰かと思えばチェリアさんか。うちに何か用かな?」
「グレイ、こんにちは。今さっきこのタクヤさんという方に治療院のことを教えていたの」
「あれ? この人……」
どうやら青年の名前はグレイというらしい。チェリアさんがタメ口で会話する相手ということは……かれ……友達か何かか。
見たところ、俺やチェリアさんよりも年上に見える。しかし俺が気になったのはそういう部分じゃない。無論、チェリアさんとどういったご関係なのかは気になるけれども。
灰色の髪やほっそりとした長身。グレイと呼ばれた青年の外見には見覚えがあった。それは向こうも同じだったようで、俺を見るなり親しげに笑い掛けて来た。
「やあ。あの後、無事に宿は見つけられたかい?」
そんないきなり話し掛けられても反応に困るんですけど?
というか宿? 宿って俺が泊まってる宿のことか。そういえば俺があんな理不尽な宿に泊まったのは確か……。
俺はその事実に思い至った時、自分の意思に反して大きな声をあげていた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ! あんた、あの時の親切な人! てめえ一発殴らせろ!」
思い出した。この人は居住区で俺に宿を紹介してくれた親切な人だ。そして俺はこの人の言葉に従って、あのババアが住まう、「竜の卵」なる宿に宿泊してしまったんだ。おかげで一体何度殺されかけたことか!
全ての元凶がこの男だと思うと無性に腹が立って仕方ない。気が付くと、俺は拳を振り抜いていた。
しかし、思っていたよりも相手は手強かった。
「あっぶな!? 何するんだ君は! 錯乱してるのか!?」
グレイと言ったか。なんとこいつ、驚くべき事に俺の拳を人差し指で受け止めやがった。突き指してくれれば良いのに。というか何で人差し指?
困惑したままの俺をチェリアさんが無理矢理引き剥がす。
「お、落ち着いてください!? 何がどうしてこうなったんですか!」
「だって! だってこいつが!」
落ち着けと言われて落ち着けるほど俺は落ち着いていない。それなのにやたら落ち着いているグレイの態度が余計に俺を苛立たせる。が、俺だって良識ある常識人のつもりだ。ここで無意味に騒いだらリーゼと同等な気がして我慢ならない。
結果として俺は落ち着いたふりをして、機会があればグレイをぶん殴ることにした。
そんな俺の気も知らないで、グレイは困ったように笑いかけてくる。
「そんなにあの宿は気に入らなかったかな? あそこは質のいい部屋を提供してくれるうえに、宿泊費は破格の安さ。最高の宿だと思うんだけど」
「それで死んだら元も子もないわ!」
「いやいや、あの人は禁句を言わなければそんなに危険な人じゃないよ」
俺は一瞬だけ顔を青ざめたグレイを見て少しだけ怒りがおさまった。あれはあのババアの恐怖を知っている者の顔だ。そうか……こいつもあの禁句を言ったことがあるのか。
「そんな口調で禁句を言う機会があったなんて、ちょっと意外だな」
「ははは。僕はお酒が入るとちょっと乱暴な口調になってね。その拍子に一度だけ彼女の前で口走ってしまったんだよ。……もう自分に回復魔法を使う機会が訪れないことを祈るばかりだ」
「下手したら使う前に死ぬかもしれないしな」
俺は笑った。すると釣られてグレイも笑った。男二人による乾いた笑いが辺りに響く。その際、何の事情も知らないチェリアさんが少し後ろに下がったような気がした。
同じ苦しみを味わった者を邪険に扱う必要はないと俺は思う。だから、俺は笑顔を浮かべてグレイに手を差し出した。そして俺の手を握り返そうとしてきたグレイの手を跳ね除けて、一気に前へ足を踏み込む。
「てめえやっぱり確信犯じゃねえかこの野郎!」
「おぶろぉ!?」
自分が痛い目を見た宿を人に紹介するんじゃあない!
俺の不意打ち気味に放たれた右拳がグレイの鳩尾にクリーンヒット。元・親切な人は体をくの字に折ってその場に跪いた。やったね!
「何やってるんですかーーーー!?」
そして俺はこの後、チェリアさんにたっぷり叱られた。
観光? そんなの知るかよ。グレイとやらの看病に付き合わされてとっくの昔に日が暮れたわこんちくしょう!
***
パリーニュ南東部に広がる工業区は他の地区と少々雰囲気が異なっていた。
人が近づくと自動で開閉する扉、横切るだけで点灯する通路の照明、そして乗るだけで上階まで運んでくれる昇降機。
それらは全て“魔石”によって作られた特殊な魔具であり、この工業区はその魔具があらゆる場所に設置されているのだ。
「重い。もうやだ。お家帰るぅ……」
「ほら、頑張りな。この子の家はもうすぐだ」
「……はぁ。やっぱりマスターの傍にいれば良かったなぁ」
拓也に変態と罵られて喜ぶリーゼは間違いなく変態なのだが、意外なことに彼のいない場所では驚くほど普通人であった。
そんな彼女は今朝、エルメダがアルカを家に連れて行こうとする場面に出会った。その際、エルメダは重そうな風呂敷包みを抱えており、アルカもパンパンに膨らんだリュックを背負っていた。
普通人としての良識を持っているリーゼはそれを見て、ほぼ無意識に自分から荷物持ちを手伝うと進言したのである。
そして現在に至る。
「お姉ちゃん、そんなに嫌がるなら何でついて来たの?」
「そんなの決まってるでしょ? マスターに後で褒めてもらう為よ。それ以外に理由なんてないわ。ご褒美はやっぱり……じゅるり」
「何この人怖い」
「まあ、そんなことよりも……ここがアンタの家なわけ?」
リーゼは工業区の片隅にあった建物を見て顔を顰めていた。
白い壁に囲まれており、入口の扉に十字架の紋章が刻まれたその建物はまさしく教会そのものだ。
リーゼ達の存在に気が付いたのか、教会の中から十人近い子供達が顔を見せ始めた。リーゼはそれを見て、アルカが孤児なのだと悟る。
「じゃあ、これを皆で分けな。もう悪さするんじゃないよ」
「うん。ありがとう、お婆ちゃん。次は気をつけるよ」
エルメダはリーゼに運んでもらった風呂敷を子供達の前で広げた。
中に入っていたのは大量の食料と玩具。子供達は笑顔を浮かべてそれらを手に取っていく。
「これは……」
「あんた、リーゼとか言ったね。この子達は見ての通りさ。全員身寄りがいない」
「だからアルカちゃんがあんな真似を?」
「ああ。ある意味仕方ないことさ。少し前までシスターが面倒見てくれてたんだけどねぇ」
エルメダは少しだけ悲しそうに眉を下げた。
リーゼは孤児達を見つめながらエルメダに尋ねる。
「亡くなったんですか?」
沈黙。
そしてエルメダはゆっくりとかぶりを振った。
「いや、殺されたんだよ。……『魔剣使い』にね」
久々の投稿と思ったらシリアスだったというオチ。




