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貴方の翼が堕ちても 二三

 松本孝雄は自宅へと帰っていった。

 塩木衛の魂を抱えた妖と共に。


 中流は兄達から「柳沼詩貴」という名の妖の話を聞いていた。

 稀にではあるけれど、妖が喰らった人間の心を得ることがあるのだと。

 今回、塩木衛を喰らった妖は、彼が庇うような妖だった。

 ならば可能性を信じてみたい、そう思ったのだ。

 塩木衛の姿を器にした妖が、その中にある魂と心を育てて塩木衛になれるなら、是が非でもそうなってほしい。

 そしてその手伝いが松本孝雄の償いだ。

 妖は、衛の望み通り、里界神の立会いの下で松本孝雄を殴り飛ばした。

 そうして「すっきりした」と無表情で言う妖と、なんとも言えない顔をした松本、二人の姿に佳一は大笑いしていた。

 失わせた命。

 未来。

 二人で取り戻していってほしいと思う。

 塩木衛を心配して探している家族のため。

 彼自身のため。

 そして松本孝雄、彼のためにも。



 また妖は尋人と契約し、彼の式となった。

 四六時中一緒にいるわけではないけれど、尋人に何かあれば即座に駆けつけられるようになっている。

 こうして、少しずつ。

 少しずつ。

 今回の騒動も落ち着きを取り戻して行く。


 ***


「じゃあ俺も帰るよ」

 そう言って立ち上がった佳一を見送りに玄関外までついていった裕幸は、邸を出た彼の背に声を掛けた。

「…もう少し、休んでいかなくて大丈夫ですか? まだ身体は回復していないはずです」

「おや、気付いていたかい?」

「戦う以外のことなら、先生より“白夜”の方が力は上です」

「確かにね。さっきの空間にしても大分、君の力に助けられた」

 答え、佳一は裕幸に近寄る。

「心配してくれるなら、力の補充をさせてもらいたいな」

「ぇ…、!」

 直後、佳一の顔がすぐ目の前。

 唇に吐息。

「ちょっ…!」

 止めてくださいと思いっ切り腕を伸ばして相手を遠ざければ、佳一は楽しそうに笑う。

「“里界の月”は癒しの名。なのに里界神の求めを拒むのかい?」

「それとこれとは…っ」

「時河とはするのにねぇ」

「――っ…!?」

 途端に真っ赤になる裕幸に、佳一はやはり笑っている。

「ああいうことは部屋の奥でするんだね。窓辺なんて俺の散歩コースからバッチリ丸見えだよ」

「…っ…」

 散歩コースと嘯く佳一を睨むと、その表情が微かに変わった。

 ただからかうだけのものから、無言で圧力を掛けるように、笑んではいても、眼差しから光りが薄らぐ。

「…俺はね、君が白夜であっても黒天獅のために貞操を守る必要なんてまるでないと思っている。前世の記憶なんて大層なものは取り戻していないから無責任なことが言えるのかもしれないけれど、黒天獅は味方を裏切った妖に過ぎないんだ。風の女神を通して白夜を手に入れたからと言って、君が自分の心を騙すことはない。……時が来た時に黒天獅の手を取りさえすれば、今は何をしたって構わないんだよ」

 言い、首に掛けていたロケット式のペンダントを外すと、裕幸の前に差し出した。

「!」

 それを見た裕幸は息を呑む。

 あまりにも懐かしい。

 切ない、あの人の形見。

「正巳は君の幸せを願っていたよ」

 正巳――市原正巳。

 その名前に、裕幸の胸は締め付けられる。

「…尋人君のために、アフリカから六条君を呼び戻そうとして、彬に会ったそうだね」

「…っ…」

「彬の奴、君が元気そうで安心したと言っていた」

「先生…もう…」

「俺も君のことは気に入っている。だから幸せになって欲しいと言う君の家族の気持ちも判る。……だけど俺は、俺自身の幸せの方が大事なんだ」

 ロケットを握り締めて男は言い切る。

「俺は正巳を取り戻したい」

「……先生…」

「そのためには里界を復活させる以外にない。君の家族がそれを拒み、…君が君自身の幸せを望んでも、俺は黒天獅に君を渡す。邪魔をする者がいれば容赦はしない」

「……誰にも邪魔などさせません」

 低く言い切る裕幸に、佳一は目を細める。

「俺は、俺の意志で黒天獅の贄になる。風の女神との約束は、ここにあります」

 自らの胸に触れて言い切る裕幸。

 …その心にどれだけの悲しみがあろうとも、この存在を黒天獅に捧げることは、佳一と裕幸、双方が一致する未来の姿。

「……それを聞いて安心したよ」

 佳一はロケットをしまい、微笑う。

「残り時間は少ない。くれぐれも後悔のないように」

「…」

 そうして去っていく佳一に、裕幸は無言で頭を下げた。――否、それは佳一にではなく、彼が今も想い続け、裕幸が今も忘れられない市原正巳、その人に。



 それからしばらく、裕幸はその場を動けなかった。

 沈む気持ちを風に流してしまいたかった。

 ふと、玄関の戸が開いたのはどれくらいの時間が過ぎてからか。

 顔を見せたのは、六条中流と倉橋尋人だった。

「裕幸、まだ外にいたのか?」

 中流が驚いたように聞いてくる。

「裕幸さん…っ…手、すごく冷たいですよ!」

 いつからいたという問い掛けに、尋人が裕幸の手を取って声を上げる。

 どれくらいの時間、外にいたかは判らないけれど、…人に会うのがひどく久しぶりのように思えた。

「…済みません。少し…ぼぅっとしていて…」

 苦笑いを浮かべて返す裕幸に、二人は怪訝な顔をした。

 おかしいと思う。

 大丈夫かな、と思う。

 そして心配になる。

「…二人は、帰るんですか?」

「ぁ、ああ。今日からはもう俺んちで…いつまでも無人じゃ家が泣くから」

「ですね」

 返し、二人を交互に見やる。

 …自然な空気。

 優しい風。

 この二人には、もう何の心配も要らなさそうだとホッとする。

「そうだ、さっき兄貴に電話して、俺とアキ兄で事の顛末は話しておいたからな。裕幸と話せないの残念そうにしていたから後でまた電話してやってくれ」

「はい」

 そっと笑んで答えてから自分が二人の通り道を塞いでいる事に気付き、そっと身体を移動する。

「…気を付けて帰ってくださいね。特に中流さん、あれだけ血を流したんですから無理は禁物ですよ」

「あぁ、判ってる」

「大丈夫です! 今日からはもう腕も使えますし、今までの分を取り返すつもりで僕が動きますから」

「そうだね」

 頑張って、そう言い掛けた裕幸だったが、それよりも早く、尋人が言う。

「また、遊びに来ますね。待っていてください」

「――」

「…待っていてくれますよね?」

 探るような眼差し。

 期待を込めての問い掛け。

 裕幸は微笑う。

 優しい従兄の、優しい恋人のために。

「待っているよ。いつでも遊びにおいで」

 裕幸の答えに尋人は嬉しそうに頷いた。




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