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貴方の翼が堕ちても 十七

 痛かった。

 苦しかった。

 辛かった。


 怖かった。



 泣いた。

 叫んだ。


 ――…助ケテ………!


 届かなかった叫び。

 流された悲鳴。

 何故?

 どうして、こんなことになったの……?


 判らない。

 解りたくない。


 もう、死んでしまいたい……!!



「ぁっ…」

 流れ込んでくる獣の記憶――否、これは塩木衛の記憶か。

 同じ過去。

 同じ傷。

 これは復讐。

 おまえには解るはずだと、獣は言う。

「……っ…!」

 同じ傷。

 そう、それを尋人は知っている。

 あの時の恐怖は忘れられない。

 辛さも、痛みも、忘れられるはずがない。―――だけれど。


 ――…尋人…


 それでも、自分を愛してくれる人がいる。

 望んでくれる人がいる。

 確かに死にたいと願ったこともある。

 だが自分を大切に想ってくれている人が大勢いることを尋人は知った。

 だから、ここに戻ってきた。

 だから、自分を想ってくれる人達のために生きたいと――。


 ――…嘘ツキ……


「!」

 獣は囁く。

 闇の魔物は、それを見逃さない。


 ――…オマエ 綺麗事バカリ……

 ――…負ノ感情 見ナイ フリ…

 ――…負ノ本音 隠シタ……


「そんなこと…っ…」

 言い返そうとした尋人に、獣は囁き続ける。

 魔物は獲物を逃がさない。

 尋人の思いを綺麗事だと否定し、隠したままだと言い切る負の感情を曝け出させようとする。

「…っ…」

 負の感情。

 負の本音。

 それは。


 ――…殺シタイ ト 思ワナカッタカ…


「…っ…!?」


 ――…殺シタイ ト 思ワナイカ…

 ――…憎イ ト…

 ――…恨メシイ ト…

 ――…復讐ノ チカラ 望マナイカ…


「僕は…っ」


 ――…憎ク ナイカ……

 ――…許セナイ ダロウ…

 ――…オマエ ヲ 汚シタ 奴ラ…

 ――…裏切ッタ 奴ラ…

 ――…助ケニ 来ナカッタ 奴ラ…


そんな…先輩達のこと恨んだりなんか…!」


 ――…先輩…


「…っ…」


 ――…オマエ ノ 恋人…

 ――…助ケ ニ 来ナカッタ 恋人…

 ――…オマエ 叫ンデ イタノニ…

 ――…苦シンデ イタ ノニ…

 ――…助ケテ クレナカッタ 裏切リ者……


「違う…っ!!」

 違う、そんなことはありえない。

「…っ…」

 違う。

 違う。

 ――…違うのに。

 なぜ、涙が溢れるのか。


 ――…俺ニハ 見エル…

 ――…解ル オマエ ノ 心……

 ――…ダカラ 触レ ラレル 怖イ…


「……っ」


 ――…ダカラ 抱カ レ ラレ ナイ……


「……っ!!!!」

 違うのに。

 絶対に違うのに。

 どうして、声が出ない……?


 ――…殺シタイ ト 思ワナイカ…

 ――…憎イ ト…

 ――…恨メシイ ト…

 ――…復讐ノ チカラ 望マナイカ…


 ――…俺ハ オマエ ニ チカラ アゲ ラ レル……



「…っぁ…」

 響く声。

 囁くチカラ。

 心が支配されていく――



 ――… タ ス ケ テ ……



「はいはい」

「!」

 声。

 不意に身体が軽くなり、獣と尋人の間を流れる川の水が、敵を威嚇するように細かく震え始めた。


 ――……ナニ……

 ――…オマエ 何者 ダ …


「生憎、闇の魔物に名乗る名は持ち合わせていないんだ。本来、出逢うべきじゃない間柄だからね」

 そう言って笑むのは文月佳一。

 実を言えば五分以上前から傍近くまで来ていたのだが、妖と闇の魔物が吸収し合うなどと通常では考えられない現象を目の前にして、しばらく様子を見ていたのだ。

 さすがにこれ以上おいては尋人の身が危ういと判断し姿を現した水神だったが、その眼差しはまだ興味深そうに魔物を見つめていた。

 元来、相容れぬはずの間柄。

 人の負の感情に付け入り人を狂わせるのが妖ならば、人の負の感情に呼ばれて狂気と化すのが闇の魔物。

 佳一たち里界の敵はあくまでも妖のみ。

 闇の魔物は闇狩一族の獲物だ。

「さて…元は妖だったものの今じゃそれを支配するのは闇の力…、俺達里族が手を出してもいいのか迷うところだね」

 言いながら左手を前に出した。

 その手が水面に映ると、まるで印を組むような形になる。

「ま、乗りかかった船か。多少乱暴になるけれど勘弁してもらおう」

「!」

 直後、川の水が獣を縛る。


 ――……!


「…っ」

 目の前の光景に、尋人は大樹家の居間での会話を思い出した。

 乱暴になっていいなら抹消できる。

 三つの魂をごっちゃにして――

「ダメです先生…っ!」

「!」

 尋人は川を走り佳一の手を隠す。

「尋人君?」

「みんな一緒に消したりしないで下さい…っ…せめてあの人だけは…っ…!」

「あの人…?」


 ――…ゥオオオオオオ……ッ…


「っ! 手を離しなさい、あの獣は今ここで」

「ダメです! ぜんぶ一緒なんて絶対にダメです…っ…!」

「ぁ…っ」

 二人が言い合っている間に、獣は咆哮して力を放ち、水の鎖を断ち切って逃げ出した。

 川の中、呆然としている松本孝雄を一度だけ振り返り、獣は空中へと姿を消した。

 尋人はそれを見上げて顔を歪ませ、佳一は深々と息を吐いた。

「…尋人君、君って子は…」

「ごめんなさい、でも…っ…でもあの人だけは…っ」

「……憑かれる前に割って入ったつもりだったけれど、どうやら妖に感情移入してしまったようだね。……なにか痛いところでも突かれたかい?」

「――」

 尋人の目が見開かれる。

 心臓が大きく跳ねた。

 感情移入?

 違う。

 痛いところを、突かれたから?

「…っ…」

 隠していた本音。

 見ないフリ。


 ――…助ケテ クレナカッタ 裏切リ者……


「違う…っ!」

「尋人君?」

「僕…っ……僕……!!」

「!」

「違う、そんなことない、先輩…っ先輩……!!」

「尋人君!?」

 突如、叫び出した尋人に、佳一は眉を顰めながらその身体を支えた。

 尋人が妖と接触したのは確かだ。

 だが憑かれたわけではないし、佳一が知る限り、この少年に魔物に付け入られる要素は見当たらない。

「違うんです…っ…違う…っ恨んでなんか…っ…憎んでなんか……!!」

「尋人君…」

 少年の混乱の理由が解らない。

 だが、いま確かに尋人の気は乱れていた。


 そして、川の中の松本孝雄――



「衛……」

 呟かれる名前。

 その名を呼ぶのは、いつ以来だったか――。




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