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貴方の翼が堕ちても 十

 獣は、同じだと言った。

 尋人を、自分と同じだと言って消えた。

「…っ…」

 意味が解らない。

 何をどうしたらいいのかも分からない。

 無残に食い散らかされた、人間であったはずの肉の塊を前にして、冷静に考えることなど出来るわけがなかった。

 同じ、とは何が。

 自分が獣と同じとは、どういう意味だ。

「…ぁ…っ…や…っ…」

 助けて。

 助けてと全身が叫ぶ。

 もう獣はいない。

 それでも、どうかこの場から連れ出して欲しい。

「先輩…っ!!」

 必死の叫び。

 それに応えたのは、尋人が求めた彼ではなかったけれど、救い人は確かに彼の声を聞いていた。

「参ったね…、まさか人間が残っているなんて」

「!」

 言っている内容ほど深刻ではなさそうな声音で、その男は近付いてきた。

「ん? あぁ、君は六条少年の“追憶の君”か。――そうか、だから俺の結界が弾けなかったのかもね。大丈夫?」

 陽気に笑う男は、一八〇は優にあるだろう長身を屈めて、尋人との距離を縮めた。

 夜の闇にも明るい栗色の髪と、同性でも見惚れてしまう魅惑的な美貌。

 尋人はこの男を知らない。

 だが、男は尋人を知っている。

「…あ…貴方は…」

「あぁ、そう言えば俺とは“初めまして”だったっけ? どうもこんばんは。ワタクシ文月佳一と申しまして、裕幸君の担任の先生です」

「――」

「信じてない? 本当に松浦高校の教師なのよ? あとは…そうだなぁ。時枝先生とは大の仲良しだし、出流君と裕明君には多少嫌われ気味だけど、――そうそう、短い期間ではあるけど中流君の家庭教師してたこともあるね。残念ながら勉強以外のコトは教えてあげられなかったけどさ」

 次から次へと出てくる聞き慣れた名前と、この男の独特の言い回しが、人の屍を目前にしているという恐ろしい現実から尋人の意識を逸らし、気持ちを落ち着かせていった。

 その上、彼の位置は尋人の視界からちょうどそれらを隠しており、尋人は男の顔だけを見ていれば良かった。

「多少、性格に難有りとは良く言われるけれど、敵じゃないから安心してくれる?」

 小首を傾げて聞いてくる男に、戸惑いはあったものの、コクコクと頷くことで応えた。

 本人が言うように性格に難があろうと、このような状況に在ながら口調が暢気であろうとも、目の前の男が唯一の味方であることは信じられた。

 悪い人ではない、それは尋人の直感。

 そんな気持ちが伝わったのか、文月佳一はそっと微笑むと、辺りをぐるりと見渡した。

「さて、…誰が近いかな」

 低く呟き、何かも見つけたように変化する表情。

「フフ。なんてタイムリーな」

 面白そうに言うと、次いでポケットから携帯電話を取り出し、ボタンを押す。

 しばらくして繋がったのか、佳一はますます楽しげな顔になった。

「やぁ、元気かい? まさか俺からの電話に素直に応じてくれるとは思わなかったよ。――あぁ、そう言わないでくれないか? 君に嫌われるのは僕だって心が痛む。用も無しに君の邪魔をするわけがないだろ? ――そうだよ、君に迎えに来て欲しい子がいるんだ。君が一番近い、五分も掛からずに着くよ、幸町の三丁目だ。――誰って、六条少年の“追憶の君”と言えば通じるかい? あ、誤解しないでくれ、誓って手は出していないから。妖獣の気配がしたから結界を張ったんだが、この子も一緒に囲んでしまったんだ。逆に妖獣には逃げられるし参ったね――ふふふ、携帯はこのまま繋いでおいた方がいい。何せ結界の中だ。君は自力じゃ入って来れないだろ? ――そう怒らないでくれ、君を想って言っているんだから。――もう喋るなって? 相変わらず酷なことを言うねぇ、可愛い教え子と話せる貴重な時間なのに」

 その台詞に相手はどう反応したのか、佳一の表情がますます緩んでくる。

「その通りをまっすぐおいで。信号で右。――そりゃ解るよ、君の気を読むくらいわけないんだから。――ははは、また怒ったのかい? 本当に君は可愛いな――っと…、とうとう切られたか」

 くすくすと笑う男は、切れた電話をしまうと、片手を胸の高さまで上げて指を動かしている。

 そこにどういう意図があるのか尋人には全くの不明だが、彼の指の動きには一定の規則があるのは見ていて解った。

「結界の中だと言ったのに電話を切られてしまったからね。あの子を招き寄せているのさ」

 尋人の視線を感じて、そう説明する佳一は、

 しばらくして「ほら、来た」と、尋人の背後を指した。

 誰が来たのかと振り返った尋人は、同時に目を見開いた。

 不機嫌極まりない表情で近付いてくるのは、時河竜騎、その人だったのだ。

「…竜騎さん…なんで…」

「…」

 尋人の掠れた呟きに、一時は顔を向けた竜騎だったが、次いでしゃがんでいる佳一の奥に散在しているものの光景に顔を歪め、そのままの表情で睨まれた佳一は、軽く肩を竦めた。

 まるで無言の内に竜騎の言葉を聞き取ったように。

「俺のせいではないと思うよ。俺はいつもと全く同じ要領で結界を張ったんだ。本当なら妖獣のみを取り囲んで、無関係の人間は一切隔離していた」

「…だが巻き込んだ」

「だから、俺のせいじゃないと思うよ、って」

「…」

 感情の乏しい瞳で見据える竜騎と、笑顔で受け流す佳一。

 二人の仲が悪い――もとい、竜騎が佳一を好ましく思っていないのは尋人の目にも明らかだった。

 もちろん、佳一もそれを知っていて、だからこそ竜騎を構いたくて仕方がないのか。

「まぁ、ここで俺達が言い合ったところで何の意味もないんだ。時河、君はこの子を裕幸君の家まで送ってくれ」

「…」

「まさか、この俺の頼み事を断ったりはしないだろう?」

 にこやかに告げる男とは対照的に、竜騎の顔は更に歪んでいった。

 きっと、佳一の頼み事など聞きたくないに違いない。

 それでも、すぐに断らないのは、相手が尋人であり、行き先が裕幸の家だからだ。

「俺はここの後始末があるから離れられないが、いつまでも尋人君をこんな場所に置いておきたくはないだろう? それに、裕幸君に会う口実をわざわざ作ってあげるんだ、これを無駄にする手はないと思わないか?」

「…」

 ダメ押しをしてくる佳一に対して、竜騎はただ一度、軽い息を吐くと、尋人の目が決して男の背後に向かないよう勢い良く自分の方へ引き起こした。

「…行くぞ」

「ぇ…あ、あの…」

「行きなさい。ここは君が在ていい世界ではないから」

「――」

 ヒラヒラと手を振る佳一の言葉に重なるように思い浮かんだのは、何故か中流の姿だった。

「……」

 無言の竜騎に、決して後ろを振り向かないよう腕を引かれて歩き出した尋人は、それからしばらくして聞こえてきた水の流れる音にドキッとした。

 全てを押し流すような激しい流れ。

 それは、尋人までも押し流すように、いつまでも耳から離れなかった。




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