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貴方の翼が堕ちても 序

今回の話は恋愛面よりもファンタジー面重視になっています。

 こんな人生の、何を惜しむことがあるだろうか。

 こんな命の、何を。

 心の傷は目に見えないと言うけれど、俺の傷は、広がり過ぎて、もう見えない。


 夜の闇すら覆うような森の木々。

 人影どころか虫の声すら聞こえない道なき道を、塩木衛しおき まもるはふらつきながら進んでいた。

 一歩を踏み出すたび、体重を乗せた足が土に沈む。

 目の前が揺れ、喉奥から臓物が押し上げられてくるようだ。

 生温い風が身体に絡み付き、己の呼吸音だけが異常なほど響いて聞こえた。

「…も…ぉ…なに…も…惜…し……ない……」

 掠れた声を漏らす唇は蒼紫色に変色しており、よく見れば顔全体に――そして衣服で隠れた細身の身体全体に、無数の青痣が広がっているのだ。

 痣ばかりではない。

 目の下から顎にかけて、くっきりと浮かび上がる筋は涙の跡。

 サイズの合わない上着の袖下に力なく伸びた手首、足首には、紐状のもので縛られていた跡が残り、足首にはどこからともなく伝い落ちてきた血液が流れ、地面を覆う草木に点々とその存在を残してきていた。

「…っ……」

 普通であれば十分も掛からずに抜けられる森を、その何倍もの時間を掛けて抜けた。

 同時、眼前に広がるのは闇夜の海。

 少年は砂浜に足を踏み出したが、今までと一変した足元の感触にふらつき、倒れた。

 自分の呼吸音しかなかった世界に、波の音が襲い掛かる。

「………っ…!」

 立ち上がった。

 息絶える間際の虫のように手足をもたつかせて、それでも何とか立ち上がった衛は、よろけながらも砂浜を渡る。

 海に手を伸ばして。

 足が飛沫を上げ、服が濡れ、水圧に行く手を阻まれても、海に向かって手を伸ばし、進み続けた。

「…っは………っ…ぁ…ぅ…ふ…」

 もう、何も惜しいものなどないのだ。

 己の命すら。

「ぅっ…ぷぁ…っ……は…」

 息が苦しい――当然だ、それを自分が選んだ。

 歩き辛い――当たり前だ、ここは人間が歩く場所じゃない。

 だったら、ここを歩く自分は、なに。

「っぅ…ふぁ……っ……!!」

 爪先で立っても、波は頭を越えていく。

 開いた口に塩水が流し込まれ、次第に歩いては先へ進めなくなってくる。

 それでも延ばした爪先が、唐突に攣った。

 足指、足首、ふくらはぎまでを襲った強烈な痛みが全身を駆け抜け、彼の動きを縛り付ける。

「…っ……」

 寄せる波が彼を覆う。

 彼の最後の気泡すら、白波が飲み込んだ。

 地面を離れ、掴むもののなくなった海で彼は漂う。


 ―――……っ……――


 海面に映り揺らぐ月が、彼がこの世で見た最後の光り。

 そして、海の上。

 獣の舌なめずりが、彼がこの世で聞いた最後の音だった――……。




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